ただ、ふたりで生きること【本編】 - 5/5

 

―――二年後

三成は親が斡旋した企業に就職し、ただ毎日を淡々と過ごしていた。
学生から社会人へと環境が変わっても、三成にとっては”家康がいない日々”ということだけがすべてで何も変わりはしなかった。
ただ、覇気がないと心配する両親や使用人たちの煩わしさから家を出てマンションを借りていた。
その際両親とひと悶着あったが勘当されるまでには至らず、一人暮らしを始めてからも何かとかかってくる電話を無視し、しつこく薦められる見合い話をことごとく破り捨てて、ひとりきりの暗い部屋でただ家康を想った。

冬の、三成にとっては家康と出会い、奪われた日付の日。
だがその日も何の変わり映えのない一日だった。
三成は疲れるという感覚も知らないまま仕事から帰り、自宅である高層マンションのエントランス前の垣根を背にしてコートのフードをかぶったひとりの男が膝を抱えてうずくまっているのに気付いた。
その瞬間足が固まったように動けなくなり息を止めてその姿に目を見開く。
その男が、ゆっくりと顔をあげて三成を認識した。
ああ、一瞬たりとも忘れたことなどない、己の魂の半身。
だが、彼なら満面の笑みで三成を迎えてくれると思ったのに。
今にも泣きだしそうな顔で微笑んだ。

「三成…」

長い間焦がれた声に名を呼ばれ、三成は胸から湧き上がる感情を徐々に燃やしながらゆっくりと歩き始めた。
フードの男も立ち上がることができないのか、ただ自分を射るように見つめながら歩いてくる三成から目を逸らさずにそれを待った。
三成が男の前に膝をつき、手を伸ばす。

「家康…」

フードに包まれた頬を両手で挟み、唇を重ねた。

「んっ……ぁ…っ…」

何度も角度を変えてどれだけ欲したかわからない唇を食み、頬から首筋へと手を這わせながら深く深く重ねなおす。
この気温の低い中どれだけ待っていたのかすっかり冷たくなっている肌に、三成は家康を見つけた日を思い出して執拗にあたたかな口内を貪った。
受け止めきれない家康の唇の端から溢れる唾液を追うように首筋へ舌を這わせ、よく見ればうっすらと残っている首の傷跡に三成は自分の痕を残したくてそこに歯をたてた。

「っ…、みつ、なりっ…」

家康は変わらない三成の性急さに嬉しさを感じながらも、抵抗しようとその肩を押し返した。
まさかの拒絶に怒りをあらわにした三成に、家康は待ってくれ、と真摯な目で訴える。
その陽光色の瞳は、三成の知っているままで何も変わってはいない。

「聞いてくれ、三成」

三成は家康の首に手を添えたまま、彼が綴る言葉を待った。
家康の瞳は、強く輝いていて眩しい。

「わしはおまえと共に生きたいと思って徳川を解体してきた。わかるか?この意味が。国なんていらない。他に何もいらない。おまえが…三成だけがいい。三成と共に今生を生きたい。それだけのために莫大な組織を解体してきたんだ。なあ三成、おまえは?わしと共にいてくれるか?」

凛としたその告白に、三成の指先に少しだけ力が入り家康がわずかに眉を寄せた。
家康は、三成を選び三成のもとに帰ってきた。
何もいらない、おまえだけが欲しいと。
三成の中に渦巻く感情は、とても澄んでいた。

「では石田姓に戻るんだな?」
「え?」

家康の覚悟に対する三成の返事は、家康が期待していたようなものではなくて少し拍子抜けした顔をしてしまった。
しかし三成は一層真剣な表情で家康を射抜く。

「徳川はもう存在しないんだろう?だったら貴様は石田家康なんだろう?」
「え、えっと…そう、なるのか…?」

確かに2年前まで石田家康として生きてきた家康だったが、今この流れでそう言われるのはまるで婚姻のようだと思ってしまってうっすらと頬を染めた。
ひとりで勝手に恥ずかしくなってしまって、誤魔化すように笑った。

「み、みつなり…それは…その、なんだかプロポーズみたいで不思議だな…ははっ」

三成の指が首から顎へとするりと動き、家康を上向かせる。
家康は、三成のどこまでも澄んだ瞳にぞくりと背を震わせた。

「そのつもりで言った」
「…みつなり…」

ゆっくりと顔を近づけ、愛し気に口付ける。
こんなに優しい口付けをもらった記憶は、家康にはない。
三成はいつも突然で激しかった。
それはそれで求められているのが嬉しくて、家康はいつも三成に触れられるだけで身体を熱くした。
もう絶対に離れることはない。
ふたりで一緒に、生きられる。
三成の静かでありながら燃えるような想いを綴った口付けを受けながら、家康はひとつ涙を落とした。

「…ふっ…っぁ…」
「何を泣く。私は貴様のおしめも取り替えていたんだぞ」
「っ…、いま、そんな、こと言うなよ…っ」

泣きながら笑う家康の、その甘い涙を舐めとりながら首筋へと降り、コートのボタンを外して胸元へと手を差し込んだ。
びくりと跳ねた身体を抱きしめながら更に手を進めようとした時。

「Hey!お二人さん。路上でFuckは勘弁してくれよ!」

突然にかけられた声に我に返ったのは家康で、ここが三成のマンションの前で外であることを思い出して赤面した。
三成の方は何も気にしていないようで、邪魔をしたその独眼の男を睨みつける。

「み、三成…知り合いか?」
「知らん」

独眼の男が意味深な笑顔を浮かべてマンションに入っていくのを見送って、三成は立ち上がると家康も立たせて手を引いた。

「早く部屋に帰るぞ」
「あ、ああ」
「今すぐ貴様を抱かねば気が狂いそうだ」
「なっ…」

可哀想なほどに顔を赤くした家康の手を引く三成は、家康と共にある穏やかさと最高の満足感とまだ見ぬ見知らぬ時代の夜明けに勝ち誇ったように微笑んだ。

「家康、私は貴様を殺してでも離さない」
「ああ、わしも二度とおまえから離れないと誓おう」

 

冬のよく澄んだ空の奥の那由他の果てに、ふたりは想いを遺した。
この先どんな時代がきても、離れないように。
共に生きられるように。

ふたり、抱きあって眠る幸せな瞬間がいつまでも続くように―――