光とともに - 1/4

今から約400年前、関ヶ原の戦いにおいて勝利した東軍総大将徳川家康は西軍総大将石田三成を処刑し、ここに270年の泰平の世を築く礎を作った。

 

20××年4月。
その年は特に綺麗な桜が咲き散っていた。
大学の入学式が行われる会場に向かう新入生たちがあちらこちらで友との再会を喜んでいる。
そんなありきたりな光景の中、一見共通点もなさそうなうえ雰囲気もまるで違う二人もまた、この淡い桜の花吹雪のなかを並んで歩いていた。
桜吹雪を背景に歩く姿は何故か彼らによく似合っていた。

「しかし見事な桜だなぁ、政宗」
「ハンッ、入学式だってのに花の話か?家康」

彼らは高校のクラスメイトとして出会い、互いの家に遊びに行ったこともあるくらいに仲が良かった。

「だって、こんなに綺麗なんだ。小さい頃から桜って好きだったんだよなぁ。なんていうか、この儚さがやっぱり美しくて哀しいだろう?」

屈託のない笑顔でそう言った家康を、政宗はただじっと見つめた。
政宗はその言葉を前にも聞いたことがあった。
400年前のことだ。
政宗はあの激動の時代の記憶があった。
高校で家康と同じクラスになり、同盟を組んだ相手との再会にひっそりと喜んだのは政宗だけで、家康にはその記憶はないようだった。
狸と評されていた家康なだけにしらばっくれているのかとも思ったが、そんなことをする必要もないし本当に何も知らず今生を徳川家のお坊ちゃんとして生きてきたらしい。
そのことを、政宗はそれはそれで良かったとも思う。
関ヶ原の戦いの後も彼が生を終えるその時までを誰よりも近くから見ていた政宗は、今生での何にも縛られていない彼を見られるのは何と言えばいいのか、安堵のような、まっさらな幸せを享受できている彼をただ見守ることができるのが嬉しいとでもいうべきか。
だが、先の言葉のように魂の奥底に刻まれている誰かが時折見え隠れするのを不穏にも思っていた。
その”誰か”に政宗も一時は怒り憤りもあったが、彼の家康に対する一途すぎる想いを哀れみにも近い思いで見送ったものだった。
今生の彼らはどうやらまだ出逢っていないらしい。
出逢うべきか否か。
それは政宗にはわからないし自分が関与することでもなかった。

しかし、そんな政宗の杞憂は唐突に訪れてしまった。

急に足を止めた家康の大きな瞳が零れ落ちそうなほどに見開かれて、真っ直ぐ前を見たまま文字どおり石化したように固まっていた。
何を見たのか、政宗が家康の視線の先を追えば、そこだけ激しく桜舞う中にあの彼が細い目を見開いて家康を凝視していた。
まずい、政宗は何故か咄嗟にそう思った。
そして、家康の唇が、彼の名を音にならずに形どられたのを見た次の瞬間、家康は意識を失い倒れた。

 

倒れた家康が救急車で運ばれた病院の個室で、気を失ったまま意識を取り戻さないその顔を見守っているのは石田三成だった。
家康のすぐ傍にいた政宗より先に目にも止まらぬ早さで抱き起こしたのは三成だったのだ。
三成がどんな風に前世の記憶を持ち合わせているかは政宗には当然わからなかったが、家康の名を、あの時何度も聞かされた怨み声とは違う色で呼び続ける今の彼になら、賭けてみようと思ったのだ。
今生でも家康の側にいる本多忠勝に頼みこみ、徳川家の人さえ追い払って三成と二人きりにしてもらえないかと。
そうして許された二人だけの空間。
そこだけ閉ざされた空間のようにとても静かだった。
家康の顔を見つめる三成の翡翠の瞳は、以前と同じにひどく澄んでいた。
三成にもたった先ほどまでは前世の記憶はなく、家康と出逢った瞬間に当時の感情もろとも流れ込んできたがそれは一瞬の殺気とともに家康に吸い込まれて解放され、ただ記録として頭に残った。
貴様は、私の感情まで奪い取るのか。
だがそれは恐らく、前世の家康の最期の償いなのだと、三成は受け止めたくなくても今の自分には受け止めるしかなかった。
どこまでも傲慢で強欲な奴だと、早く罵りたかった。
だから早く目を覚ませ。私の元に戻ってこいと、三成はただひたすら家康の何の表情もない顔を見つめ続けた。

 

家康は暗い世界にいた。
闇に覆われ、赤黒く、業火が渦巻き、怨嗟の声が轟く世界。
幾重もの絆という名の鎖に囚われ、否、自らが望んだ業に後悔も恨みもない。
血の海に骸の山。
己の夢のために犠牲にしてきた人々。
拳に刻まれた罪の重さ。
陽となろうともがき、矛盾を抱えながらも踏み越えて昇りつめた天下。
三成との出逢い。
離れることを決意したあの日。
首を落として六条河原に晒した日。
あの日をもって封じた感情と涙。

新しき時代のために自分が重ねてきた罪と、すべての穢れはこの身に背負うと決めたその覚悟は、現代の家康自身にはその重荷は耐えることなどできず暗闇に捕らわれ続けていた。