【三成の息子・重家の名前の由来】
「三成君、おめでとう」
半兵衛殿に呼び出されたワシと三成に、半兵衛殿は開口一番そう言った。
「子ども、無事に生まれたんだろう?」
「は、おかげさまで母子共に問題なく」
「それは良かった。出産は危険を伴うからね。さすがの僕も少し心配していたんだ」
半兵衛殿は頭を下げる三成に柔らかな視線を送っている。
大事な子の成長を喜び、見守るように。
「それでね、子どもの名前なんだけど良かったら僕の名前の一字『重』を使ってくれないかい?」
「半兵衛様!それはあまりに恐れ多く」
「秀吉からあげられたらいいんだけどねぇ君はうちの子だから。もし家康君に”正式”に子がいたら秀の字もあげられるんだろうけれど」
半兵衛殿は意味深にちらとワシを見て微笑んだ。
「そうそう!家康君からも一字もらって『重家』なんてどうだい?」
「半兵衛殿、ワシは…」
「だって君が生んだんだろう?母親から諱をもらうっていうのも新しくていいじゃないか」
「!」
たしかに三成は秀吉殿と半兵衛殿に報告したと言っていた。
たしかにそれ以降ワシの出陣はなかった。
だからと言ってワシの身に起きたこんな不思議なことがすんなりと受け入れられているとは思わないじゃないか。
「どうかな?三成君」
半兵衛殿の提案に、三成は最大級の礼をして恭しくそれを受け入れた。
いやお前、ワシの名前なんてつけていいのか!?
敬愛する半兵衛殿の一字をもらえることは三成にとってこのうえない喜びだろう。けれどワシは…
戦場でも見せたことのない大量の出血をして命からがら生んだあの子は、皆には三成の嫡男として紹介され育てられていくだろう。
母親が誰かと勘ぐられないよう出産と同時に亡くなったことにでもするのかもしれない。
目を伏せるワシに、半兵衛殿はことさら明るい声でこう言った。
「伏見の君たちの屋敷、隣にしてあげたかったんだけどさすがにそれは煩い孝高君に反対されてね。向かいにしておいたからそれで勘弁してくれないか」
「身に余るありがたき幸せ」
三成は本当に真っ直ぐで真面目だなぁ。
「家康君、心配しなくても皆には君が母親だと言っておくから」
「は…?」
半兵衛殿は本当に恐ろしい!突然なんてことを言うんだ!
そんな奇怪なこと誰も信じるわけがないじゃないか!
いや、半兵衛殿の言うことならば豊臣軍は信じそうだな…
「君が思うよりもね、うちの軍は寛容で柔軟なんだ」
片目をぱちっと瞑ってみせた半兵衛殿に、ワシは目眩がしそうだったが三成の視線が痛い。
三成、ワシも半兵衛殿のその仕草をもらいたくてもらったわけではないんだ。妬かないでくれないか。
「だいたいね家康君、君、自分では気づいてないのかもしれないけど乳臭いよ」
「え!?ち、ちちくさ…?」
「母乳、あげてるんだろう?」
「………」
なるほど、そういう意味か。
たしかに母乳…をあげているし今だって乳が張って…
「それから三成君も。君はほどほどにね。大事な赤子の食事を奪っちゃいけないよ」
「は…申し訳ありません」
「じゃあ話はそれだけだから。戻っていいよ」
あっさりとそう告げられて三成とともに一礼し半兵衛殿の部屋から去ろうとした時。
「ああ、家康君ちょっと」
「は」
振り返った三成には君は先に行っていなさいと半兵衛殿が言うと三成は素直に部屋を出て行った。
そうして部屋には半兵衛殿とワシと二人きりになる。
こうした機会が今までにもなかったわけではないが、今日は特に緊張が強いられる。
なにしろ秀吉殿と半兵衛殿が大切に育ててきたであろう三成とこういうことになってしまったのだから。
ワシは誠意を持って半兵衛殿と向き合った。
半兵衛殿が目を閉じ、ゆっくりと開かれたその視線は決して三成には向けられないものだった。
「君のことだからわかっていると思うけど、僕は君を完全に信用しているわけじゃない。でも豊臣にとって君がとても重要な人材でであることはわかっている。君がいなければ今後の豊臣が成り立たないことも僕が一番わかっている。だから、わかるね?君は豊臣姓も賜っているんだ。秀吉の信頼を裏切らないでくれることを願っているよ」
半兵衛殿はワシの返事を待たずに部屋を出て行った。
わかっているさ。
ワシにできること、成すべきこと。
豊臣に降ったのは敗れたからじゃない。
これ以上、多くの犠牲を出さないため。
秀吉殿の可能性に未来を見、信じたからだ。
ワシが願うのはずっと変わらないただ一つ。
この世が綺麗に朗らかに咲くこと。
それが崩されない限り、ワシはここにいる。