15の夜 - 1/2

12月26日。
弟である家康の誕生日を、家康の6歳の誕生日の前々日まで4つ年上の兄の三成はずっと25日だと思っていた。
豪奢な日本家屋を持つ旧家の流れを汲む石田家でも毎年クリスマスの晩餐は行われていた。
畳敷きの居間に置かれた天然木の大きな座卓に、その日だけはいかにもクリスマスに相応しい料理たちが並べられた。
すなわち、こんがりと焼けた大きなローストチキン、最上級のローストビーフ、色鮮やかなピッツァ、カプレーゼにミネストローネ、そして極めつけは純白の生クリームに真っ赤な苺が鮮やかなショートケーキ。
ケーキはいつも二つ用意されていた。
それぞれのケーキの上に乗せられたチョコプレートには『メリークリスマス』と、名前の書かれていない『おたんじょうびおめでとう』とがあった。
三成と家康と、三成の両親の4人で座卓を囲み、三成の母親が無言で『おたんじょうびおめでとう』のプレートが乗った部分を切り分けて家康の皿に乗せていたから。
翌26日の石田家はいつもと変わらない日だったから、三成は家康の誕生日は25日だと思っていたのだ。
あの、雪混じりの雨が降っていた6年前の寒い日の公園でのことは三成の脳裏にはっきりと焼き付いている。
公園で見つけた生まれたばかりの小さな家康に逢いたくて、逢わなければいけないと、何度も家を抜け出して魂が共鳴する方へと向かった。
そうして家康が石田家の養子になり、自分の弟となった日のこともしっかりと覚えている。
だが、まだ4才だった三成は日時までは把握していなかった。
ただ寒い冬の日。
愛しい魂を見つけた。
そうして今も自分のそばにいる。
それが何よりも一番大切なことではあるが、庭で家康の誕生日プレゼントを準備していた三成に声をかけた女中によって三成は家康の誕生日が25日ではないことを知り、激怒した。
クリスマスと家康の誕生日を一括りに、いや、同じ日であったなら良い。だが実際には家康の誕生日はクリスマスの翌日で、その日には何も行われなかった。おめでとうの言葉すら三成の知る限りなかったのだ。
そして自分も。25日だと思っていたからプレゼントは25日に渡していたしおめでとうの言葉も25日にしか言わなかった。
6年もの間両親に騙されていたと、ひどい裏切りを受けた気がして、更には大切な自分の家康の誕生日を間違っていたなどと自分が許せなくて、まだ子どもの三成は両親に反発することでしか表現できなかった。
両親に対してひどく怒っている三成を、わけもわからないまま家康はただ泣きながら三成に抱きついた。
翌年の春、家康が自分と違う小学校に通うことになっていたことを知った三成がまた両親に反発しひどい言い合いになり、その場ではなんとか収まった石田親子の争いだったが、その後にささいなことが原因で三成が家康を連れて家出をするという事態にまでもなった。
そしてその家出以来、三成の家康への独占欲のようなものが大きく膨らんでいたのは使用人たちから見ても明らかだった。
しかしそんなことがあっても三成の両親の意思は揺るがず、それからも家康の誕生日は25日にクリスマスと同時に祝われていた。
ただ、ショートケーキのチョコプレートには「いえやすくん おたんじょうびおめでとう」と書かれるようになっていた。

 

「ふふ、あの時のおまえの怒りようといったらひどかったな」

家康が15になった誕生日の夜、この年の夏に初めて交わったふたりは誕生日とはいえいつもと変わらずに睦みあった。
三成が中学になった頃に自分で鍵をつけた部屋で、ふたりはふたりがまだ幼かった頃からずっと一緒に寝ている。
今は毎夜のように身体を合わせて。

「だいたいわしだって自分の誕生日なんて知らなかったのに。本当は25日だったかもしれないぞ?」
「私が貴様を見つけたのが26日なのだ。それ以前に存在するなど有り得ない」

三成は家康の裸の背を抱きこみながらそう言って首筋に口づけた。
それをくすぐったそうに肩を竦めるだけの家康は、三成の喰むような仕草を笑って受け止める。
家康は成長が遅いのか同級生の中でも背が低いらしく、対して大学生になりすらりと背丈も伸び着やせして見えるが肩幅もある三成は家康をすっぽりと抱きこめてしまう。

「料理を作るのだって大変なんだ。同じ日にやった方がいいに決まってるだろう?それにあんなにたくさんのごちそうが並べられただけでわしは嬉しかったぞ」

楽しそうにくすくす笑いながら10年ほど前のことを思い出しているらしい家康に、三成は同調はできない。
今ならわかる。
もしも家康の誕生日がクリスマスと一日違いでもなく何でもない日だったとしたら、あの両親は恐らく何もしなかっただろう。
自分の両親が家康に関心がないことにはいつからか薄々気付いていた。
三成のためにと、どこの誰かもわからない赤ん坊である家康をこの家に引き取ってくれたことには感謝しなければいけないのだろうが、三成の両親は明らかに家康を”家族”とは思っていないだろう。
だが自分が守ればいい。
“弟”と意識したことはないが、家康は自分にとって離れることなど決してできない魂の半身。
自分だけが、家康を知ればいい。

「そもそもクリスマスなどなぜ祝う必要がある。普段一時も思い出すことなどない異国の見知らぬ救世主などどうでもいい」
「楽しいことが増えるなら何だっていいじゃないか。それにわしは救世主なんて響き憧れるなぁ。分け隔てなく万人のためにその身を捧げるなんて誰にでもできることじゃないだろう?」

深い意味などないだろう戯れに朗らかな声でそう言った家康に、三成は心臓を突き破られるかのような衝撃を受け目を見開いた。
考える前に体が動き、乱暴に家康の身体をひっくり返して乗り上げると肩に指が食い込むほどにその身体を押さえつけた。

「いっ…っ」
「ふざけるな!!見知らぬ万人のために生きるなど絶対に許さん!貴様は私のためだけに…っ…私のそばにいろ……ッ!」

いっそ泣いているのではないかというような嗚咽を洩らしながら、三成は翡翠の瞳を零すかのごとく見開いて魂の奥底に焼きついている”哀しみ”を強く露わにした。
許さない。他の誰かのために、自分を裏切るなど。
その深く強い執着にも似た想いは家康にも届いたのだろう。
陽の光にも似た琥珀の瞳が、ふと悠久に揺らいで柔らかに微笑む。

「うん。離れない。三成とずっと一緒にいる」

―――(三成が、そう望んでくれる限り。)

嬉しいはずの家康の言葉に三成はなぜだかわからないがズキリと胸を締めつけられて僅かに眉を顰め、肩を押さえつけている力を緩めずに片方だけはずすとその手を家康の丸い頬にそっとのせた。
互いに目を開けたままゆっくりとキスをして、三成が家康の唇を割って舌を差し込むと家康は喉を鳴らしてぎゅっと目を閉じた。
柔らかな舌を絡めとりながら三成は肩を掴んでいた手を胸へと滑らせていく。
まだしっかりと体ができあがっていない家康ではあるが、受験生だというのに今年になってから急に始めたプール通いのせいで大胸筋が発達し、けれども硬い筋肉だけではなくゆるやかに肉付きよく育っていくそれに、三成は惜しみなく愛撫を与えた。

「んっ…ぅ…」

執拗なほどに口内を荒らしているうちに家康の唇の端からは唾液が溢れ、頬を伝って敷布に染み込む。
三成の手は家康の胸から腹へ、指先で臍を掠めるとその身体がびくりと跳ねた。
口付けを重ねたまま足を開かせて、一度交わって十分にほぐれている奥に硬く張りつめた陰茎を押し込んだ。

「んん!っ……んっ!」

唇を塞がれたままの家康は苦しそうに喉から声を漏らし、両の腕を三成の首に絡ませた。
苦しいけれどもっと欲しい、と訴えられているように家康の腰が自ら三成に押し付けられる。
三成はその期待に応えるべく、一度口付けを離して家康の腰を抱えなおすと激しく打ち付け始めた。

「んあっ!あ―――っ…っん、ん、ぅ…っ」

衝撃に家康の喉が反らされ、それから三成にしがみつくように首に絡ませた腕が強く交差し、三成の耳元で苦しさの中にも艶を含んだ甘い鳴き声が戸惑うように漏らされる。
その声は三成を煽って更に動きを激しくさせた。
身体を合わせる時、家康はいつも声を押し殺している。
ふたりが抱き合うのは決まって三成の部屋なのだが、屋敷の中で両親の寝室とは反対側の奥にあり鍵をつけてるとはいえいつ誰が側を通るかわからない。
純日本家屋の木造の石田家では当然マンションのように壁は厚くはない。
この年になってもふたりが一緒に寝ていることは恐らく屋敷中の誰もが知っているだろうが、家康がこの家に来た時からのふたりを知っているだけに特別おかしなこととは思われてはいないようだった。
けれどこの夏、兄弟であるのに、同性であるのに一線を越えてしまったことをもし誰かに知られてしまったら。
ふたりは確実に離され、家康はこの家を追い出されることになるだろう。
拾われた恩も忘れて由緒ある石田家の次期当主である嫡男を色事で誑かした女郎とでも尾ひれをつけられて。

「んぅ…っ!ん、…っ…ぁんっ!」

三成としては存分に声を出させてみたいと思うのだが、ここでは到底無理とわかっていた。
どこか誰にも気付かれない外へと思ってもどこに行けばいいのかわからない。
ホテルに連れていくなどということを思いつかない三成だが、もし思いついたとしても三成にとってそんな汚らしいところへ家康を連れて行こうとは思わないだろう。

「っぁ…みつ、なり……っ」

拙く、掠れた声で縋るように三成の名を呼ぶ家康を、愛しく想う。
決して離さないと、いつかこの家から離れて独立して誰にも邪魔されずに家康とふたりであれることを心に決めている。
そうして家康の誕生日は自分だけが祝うのだ。
家康という存在は、三成の、三成だけのものなのだから。

「―――っ!!」

ひと際強く奥深くまで突き上げて、家康のなかに自分の所有の証を刻み込む。
熱い飛沫を受けた家康のなかは、三成を受け止めて吸収しようと何度も収縮して三成を離さなかった。
三成の首にしがみついたままの家康の身体はびくびくと震えていて、三成は誘われるように家康の濡れた唇に噛みついて再び最奥を荒らすために腰を引いた。

間をあけることなく激しく身体を揺さぶられる家康がその横暴さにではなく三成に求められているという切なさに涙をひとつ落としていたことに、三成は気付くことはなかった。

 

家康には漠然としたひとつの不安があった。
それは三成が大学生となり生活スタイルが少し変わったことによって一層強くなった。
三成のことを”兄”と意識したことはない。
ただ大切で愛しくて、憧れの人。
三成は格好よくて優しいからきっと女子にもモテるだろう。
彼女なんて聞いたことはないけれど、いつかきっと、好きな人ができて結婚してこの家を継いで子供ができて彼女と仲睦まじく石田家を存続させていくのだろう。
そう思うとキリキリと胸が締めつけられて苦しくて仕方なかった。
だからこの夏、突然ではあったが三成が自分を求めてくれたことには素直に嬉しかった。
もしかしたらただの実験台だったのかもしれない、いつまでも三成の部屋で一緒に眠る家康がいるから彼女も作れずにただ性欲を発散しているだけかも。そんなことを考えなかったこともなくはないが、今は三成の強い想いに気付いていないことはない。
けれど、公園に捨てられていたという自分を見つけてくれた責任感のようなものかもしれない。
三成のように剣道で全国優勝をするような特技や強さもなければ顔立ちだって三成のように美しく整ってはいない。
何も持たない自分を”兄”として守らなければという庇護欲なのかもしれない。
実際家康の記憶にある限り、三成はいつでも自分に対して過保護と思えるほど過保護だったと思う。
何の由縁もない自分を引き取ってくれた三成の両親にはとても感謝している。だが三成と家康に対する扱いが違うのは当たり前のことで、それなのに何かあれば三成は怒りを見せて両親にさえ反発する。
自分のために。
三成はこの石田家を継ぐ嫡男なのだ。
自分のせいで家族を仲違いさせるつもりはない。
だから、いつかは自分がここを出ていくのが当然だ。
三成の美しい銀の髪に憧れ、真っ直ぐな瞳に心を抜かれ、すらりと伸びた男らしい肢体を羨ましく思い、実の両親と言い争えるだけの主張と自信を持った強く揺るぎない精神に惹かれたけれど。
『そばにいろ』という三成の言葉を疑うわけではない。
でも、自分は三成には相応しくないのだ。

三成には幸せであってほしい。

家康の願いはただそれだけであったが、今この時点では”自分と共に”という本当の願いは心の奥底に閉じ込められていた。

これから何度かの紆余曲折を経て、ただ、ふたりで生きることを誓えるその日まで。

 

(次ページはおまけです)