みついえ史実からネタ四篇 - 2/6

 

【兵糧奉行石田三成】

「家康様、大坂の石田殿より書状が届いております」
「ありがとう。三成からか、何だろう?」

半兵衛殿の命で三河の軍を引き連れて大坂より遠征中のワシに送られてきたという書を読むため、ワシは右手に持ったままの握り飯を少々雑に頬張った。

「家康様、頬に米粒がついておりますぞ」

そう言って三成からの書状を持ってきた家臣がワシの頬から米粒を取ってくれた。
まったく、ワシはもう子どもじゃないのだから自分で取れるというのに。

「なになに……」

三成からの書を読み始めたワシをじっと家臣が見つめている。
何が書かれているか気にしているのだろう。
大丈夫だ。ワシらに危険なことはな………

そこには、三成がしっかりと計算したはずの兵糧の減りが早い、どういうことだ、という主旨のことが長々と延々と書かれていた。
最後に自分が確認に行くとも書かれている。
三成も忙しいだろうからわざわざ本人が来ることもないのに…
だがワシはほんの少し、たぶんきっと頬が緩んでいたようだ。
家臣が胡乱な目つきをしている気がする。

「家康様、石田殿はなんと…」
「ああ、いや、兵糧の減りが早いようだがどうなっていると気にしているようだ。行軍は予定どおりだったし人数が増えたわけでもないからな。何か心当たりはあるか?」
「そうですね……ああ、強いて言えば……家康さ」
「家康ぅぅっっ!!」
「わっ、三成!?」

何か言おうとしていた家臣を遮って突然その三成がワシらの前に現れて本当に驚いた。
さすが三成の俊足だ。何人かの飛脚で繋いできた書と同じだけの速さでここにたどり着くとは。
ああでも本当に久しぶりの三成だ…

「家康!!」
「あ、う、うん。疲れただろう三成。まずはゆっくり休んでから…」

何日何時間かけてここまで来たのかわからないがさすがの三成も疲れているだろうと昨夜世話になった寺に案内しようとすると、三成はじっとワシを見つめながら突然ワシの頬をつねり、右肩を何度か場所を変えて揉むように触り、腹に手を回して、そうして真剣な目でこう言った。

「家康、貴様太ったな」
「なっ!」

いきなりやってきて何を言うかと思えばいくら三成だってひどいじゃないか!
それは最近よく腹が減るなぁとは思っていたしつい握り飯もいつもより多く手にしていた気はするが、みんなの分まで奪ってはいないはずだし、ん?まさか…

「よもや貴様が兵糧の減りを早くしているのではないだろうな?」
「そ、そんなわけ…ないよな?」

ワシは自信なく家臣に助けを求めた。

「当然でございます。さすれば家康様の健やかな成長にお気を配られない石田殿の落ち度では?」

お、おい、さりげなくワシがいつもより飯を食っていると暴露していないか?しかも三成は正確に計算しているだけなのに三成のせいにしてはダメだ!

「ふん。この私が家康の飯の量を把握できていないとでも言うのか。しかし家康、貴様それを上回る飯を食っているのではないか?」
「え、うーん…」
「はっきりしろ!私の失態とあれば秀吉様にご報告して腹を切る覚悟」
「三成!わかったわかった!ワシが悪い。…たぶん。どうにもいつもより腹が減るんだ。三成のせいじゃない」
「ならば此度の戦、絶対に失敗するな。さすれば秀吉様も貴様の食欲には許してくださるであろう」
「ああ、作戦はちゃんと成功してみせるさ」

ワシの食い過ぎで三成が咎められるなんてことは決してあってはならない。
決意を新たにしたワシに、三成は頷いたあと、その視線がワシの腹に向けられたまま止まった。
おそらく食べ過ぎで少しはふと…ったかもしれないがそんなに見ないでくれるか…

「家康、貴様まさか…」

ワシの腹をじっと見つめていた三成は突然何かに気づいたように目を見張った。
もう何を言われても構わない。
腰紐の結んだ先が出陣前より数分短いとでも何とでも言ってくれ。
しかし三成の口から出てきた言葉は。

「ややがいるのか?」
「——————え?なんだって?」

え?やや?やや…?ワシの記憶ではややとは赤子のことではなかったか。

「そうか。貴様なぜそれを早く言わない!」
「え?三成…?」
「ややを孕んでいるからその分腹が減るんだろう。それについては私にも責任がある。その可能性を考えなかった私の落ち度だ。いやそれよりもその可能性があるなら秀吉様に頭を下げて貴様を戦地には送らなかった…!」

三成はなぜだかものすごく悔しそうに拳を握って唇を噛んでいる。
うん、よくわからないんだが。

「えっと三成…?さっきから何を言っているんだ?」
「いい加減とぼけるのはやめろ家康!私には全てわかっている!貴様の腹には私と貴様のややがいるんだろう!だから腹も減る!兵糧も私が計算していたよりも早く減っていく!全て私の責任だ!今すぐ大坂に戻り秀吉様と半兵衛様にご報告差し上げて許しを請う許可を!!」

わけのわからないことを叫んで恐惶状態になった三成はあっという間に森の中に消えていってしまった。
と思ったが呆気にとられていたワシの前に再び風のごとく現れ、

「おい貴様。家康の頬についた米粒を貴様ごときが取った上にそれを食したな。断じて許さん」

鯉口を切って構える三成に慌てたワシは宥めようと三成の両肩に手をかけた。

「ま、待て三成!そんなことでワシの家臣を斬らんでくれ!というかお前食ったのか!?」
「はっ、米粒といえど捨てるわけにはいかないので…ああいや!石田殿!他意などござらん!米粒一粒にも農民の涙と汗が…」
「そ、そうだ三成、米粒一粒といえどもったいないだろう?ここはワシに免じて…」

今にも刀を抜きそうな鋭い目つきをした三成は、けれどワシをじっと見て、ふと目を細めたかと思うとこめかみのあたりに顔を寄せてきた。

「っ!?」

軽く喰まれるように口づけられ、こんなところで何をするんだっと慌てるワシに軽く微笑んだ三成は、「そこの貴様、今日のところは見逃してやる。二度めはないと思え」と言い残してまた颯爽と森の中へ消えていってしまった。

「…なあ、ワシのこめかみに米粒でもついていたか?」
「…いえ、私は気づきませんでした…」

とにかく丸くおさまって良かった。
せっかく来てくれた三成があっという間に帰ってしまったのは少し残念だが…
ああ、そういえばややがどうとか言っていたな。
まったく、面白い男だ。
ワシは自分の腹をちらと見て、食い過ぎには気をつけないとなと思った瞬間、何かが腹の中で蠢くのを感じた気がした。