左近の日常(からの脱却)

最初に違和感を覚えたのは二人の距離だ。
軍議の時、何気ない話をしていると思われる時、どんな時でも三成様と家康――ホントは何かしら敬称をつけなきゃいけないだろうけど何か苛つくから呼び捨てにさせてもらう――はまず会話している時の顔が近い。
顔が近いということは体の距離も近いわけで、基本的に肩が触れ合っている。
三成様と出会って仕えるようになって俺は基本的に三成様しか見ていないが、はっきり言ってよく家康と一緒にいる。
で、他の人、例えば刑部さんとかと話す時はそこまで近くはない。
っていうか、俺がこの前わざと近づいてみたらさりげなく避けられたくらいだ。
三成様のことだから、さりげなくというよりはきっと無意識だ。
逆に言えば、家康とは無意識に近くにいるってことだろ?それってどういうことなんだ?
だいたい家康は秀吉様に楯突いて降伏したらしいくせにここでの扱いが格段に良すぎる。
この城に専用の屋敷を持ってる豊臣じゃない軍なんて家康だけだ。
それだけ秀吉様や半兵衛様から見ても徳川軍てのは重宝してるってことなんだろうけどさ。
そりゃあの本多忠勝なんて戦国最強だもんな?あれさえありゃ家康なんていらないんじゃないかと思うけど、実際単独での作戦を半兵衛様から受けたりしてるんだから何故だか認められてるってことなんだろう。俺にはわかんねぇけど。
それだからつけあがって三成様の側にいたりするんだ。
三成様の左腕は俺だってのに、今だってほら、三成様の隣で、あ、三成様が指差す絵図を覗きこむ家康の腰に三成様の手がさりげなく回った…軍議の最中だってのに。
三成様は純粋で真っ直ぐで嘘が嫌いな方なんだ。
腰に手を回させるなんて、何故だか腹を出して腰回りに隙を見せてるような家康がそそのかしてるに違いない。

 

ある日の昼下がり、俺は刑部さんに言われて執務部屋にいる三成様を呼びに行った。

「三成様ー!刑部さんが呼ん…で…」

呼びかけながら障子を開けて俺は中の様子に固まってしまった。

「左近、貴様は礼儀を知らぬのか。私の許可なく扉を開けるな」
「あ、はい、すんません。やり直します」

三成様の低いけれど少し穏やかな声に、俺は一旦障子を閉めた。
三成様が何をしていたかって?
どうやら休憩中だったみたいなんだけど、いや、俺は幻覚でも見たってのか?
だって、あの三成様のあんなくつろいでる姿なんて見たことないもんだからさ!
信じられるか?膝枕してもらって横になってただなんて。
しかも!膝枕してる相手はなんと!あの家康だったんだ!
俺は、幻覚を振り払うために数回頭を横に振って、それから障子の向こうに声をかけた。

「三成様、左近です。用事を仰せつかり参りました」
「入れ」

三成様の許可を得て障子を開けると。
そこには先ほどと何ら変わらない景色があった。
つまり、三成様は家康の膝枕でくつろいでいる。
わざわざやり直しさせてその間になおってるのかと思いきやそのままっすか!!三成様!さすがっす!

「すまないな、左近。三成があんまり根詰めているから無理矢理休憩させていたんだ」

朗らかな笑顔で言う家康を俺は無視して、三成様に声をかけた。

「三成様、休憩中のところすんません。刑部さんが何やら用があるみたいで」
「ああ、刑部か。…しばし経ったら行く」

すぐには行かないんすね。そんなにそこが落ち着くんすか?
これが秀吉様や半兵衛様が呼んでいたとなれば…もちろんすぐに向かうんですよねぇ…?

「三成、もういいだろう。だいぶ顔色もよくなったようだ。刑部のところへ行ってやるといい」
「貴様が決めるな。私はまだ貴様を補給したりない」
「ああ、うん…」

補給って。
あ、三成様が体勢を変えて家康の腰に腕を回して着物の上から家康の腹を噛んだ。
こら、くすぐったいぞなんて笑いながら言う家康が苛つくから俺はその部屋から退出した。
障子を後ろ手に閉めたままの姿勢で俺は立ち尽くす。
中から小さな声が聞こえた。

『三成…っ、刑部を待たせるな…っ』
『うるさい。わかっている。貴様がおとなしくしていればすぐ終わる』
『み、みつなりっ…っ』

ええと?俺はとりあえずその場を足早に立ち去った。
ちょっとばかり混乱してるけど、とにかくあの三成様をあんな腑抜けにしてしまうとは家康は三成様にとって有害じゃないっすか!?
確かに今はちょっといろいろ落ち着いてて戦場に出ることが少ないといえば少ないけど、昼間の一応は執務中にあんなだらだらしている三成様を見ることがあるなんて…
いや、三成様にもちゃんとお考えあってのこと。
有事になればあの鋭い目で敵を容赦なく薙ぎ払い慈悲も見せずに殲滅するお姿を俺は知っている。
あ〜三成様、マジカッコいいよな〜

 

それからまたある日、俺は三成様宛の書状を持って部屋を訪れた。

「三成様、左近です。書状を持ってまいりました」
「…ん、入れ」

ん?ちょっと間があったし口ごもっていた気がするけど大丈夫か?
許可を得たから障子を開けると、三成様は食事中だった。
昼餉にしては少し遅い時間だ。
けど俺がそれ以上に驚いたのは、

「家康、次はそれだ」
「ああ、これもうまかったぞ、どれ」

三成様に指示されたおかずの皿を家康が持って箸に取ると、それをふーふーしてから三成様の口元に持っていった。
三成様はそれを口に含み咀嚼する。

「ふん」
「良かった、うまかったか」

え?それうまいって意味だったんすか!?
っていうかこの二人何なんすか!?
家康が三成様に従うってのはともかく、三成様何でそいつに食べさせてもらうとか、あ、ああ、それも隷属させるひとつの手段てことっすか?
と思ったけど、家康が

「三成、米粒がついてるぞ」

と言って三成様の唇の端からそれを取って自分で食いやがった。
なんて食い意地の張った奴!
あんたが三成様の分まで飯を食ってそんなでかくなったんじゃないだろうな!?
なんて。俺はそこまで世間を知らないわけじゃない。
ただ認めたくない、そんなわけないという思いから、まるで新婚のようだなんてことは考えたくないだけだった。

 

刑部さんの部屋の縁側で、俺はだらーんとしながらおもむろに問いかけてみた。

「刑部さん、あの二人ってなんなんすかねー」
「二人とは…三成と徳川のことか」
「そう!さっすが刑部さん!あの二人の距離近すぎないっすか?ああ距離って言っても物理的なのも含めてもっとこうーなんてーか、ね?」
「ヒヒッ、あれらはぬしが思うような下世話なものでもないが、少しは気付いておろう?ぬしが三成を思うが故に認めたくないのはわかるがな。あれらは陰と陽、月と陽、闇と光であり表裏一体、互いにぴたりとはまりあってしまっている離れたくても離れられない存在よ。対なすものでありながら根は似たもの同士。出会うべくして出会い別れるべくして別れる。世の理とは誠に不幸よな。ヒッヒッヒッ」
「…刑部さん、楽しそうっすね」
「ああ、あれらはほんに不幸を呼ぶ。われはそれが楽しみで仕方ない」

刑部さんもほんっと素直じゃないっすよねぇ。三成様の不幸なんて望んでないくせに。
まぁ家康のことはちょっとは羨んでそうだけど、でも俺よりは全然なんつーか愛着がありそうな感じがするんだよなぁ?

 

そんな感じで、俺は三成様のお側で役に立ちたいだけなのにいつもいつも家康が側にいるのをなんとなくイラっとしながら見ているだけだった。
けどそんなある日、俺はついにやっちまった。

「三成様、左近です」

部屋の前でいつものように呼びかけるが返事がない。おかしいな。部屋にいるはずなんだけど。

「三成様?いらっしゃいますよね?…三成様…?」

耳をすませばくぐもった押し殺したような声が聞こえた。
まさか三成様に何かあったんじゃ…!?

「三成様、開けますよ?」
「っ…ま、待ってくれ…!」

聞こえてきた声は我が主三成様のものではなかったから俺は無視してその障子を開けた。
そして刹那に閉めた。

…………………はぁっっ!!?

いやいやいやいやいや真っ昼間から何してんすか!!?
っていうか、は?ほんとにそういう関係だったわけ!?ちょっと刑部さん!下世話なもんじゃないって言ってましたよねぇ!?
え?
正直言って俺は女遊びもそこそこするし今更かまととぶるつもりはまったくないが、あの三成様が?い、家康…を?
そりゃ今まであれだけ見せつけられて、まさかねーあはは、いやいや三成様に限ってそんな関係許すわけないっしょなんて夢見ていた俺が馬鹿だったんすか?
しかも三成様、障子側に向かって背面座位とかわざとじゃないすか!?
俺ばっちり見ちゃったじゃないすか。
あの憎たらしい家康の!小袖をはだけて頬を染めた顔とか!いつもは煩わしいくらいの健康的な太陽みたいな笑みでいるのに切なげに歪んだ表情とか!三成様の指に弄られてつんと立つ赤い乳首とか!
しかも三成様、家康の首に噛みついてしっかり所有物の証を刻んでましたよね!
いやーまいったなぁあっはっはってあれっやばっ俺の下半身何で元気になってんだよ!?

そのあと、三成様に『貴様が見た記憶を即刻消去しろさもなくば斬る』と言われてぶんぶん首を縦に振ったわけだけど、三成様は集中しすぎていて俺の呼びかけに気づかなかったみたいで、あんな状態でも家康の方が俺の声に反応したのはやはり周りを見渡すべき国主だからなのか?とかなんとか少しは感心した。
さすがになんつーか?あんなん見ちゃって俺も認めないわけにはいかないし。
まぁあれも隷属させる行為っていえばそうかもしれないけど?
とにかく三成様が行為に夢中になるくらいどれだけあいつのことを特別視してるかってのはわかったつもりでいた。

 

わかったつもりではいたけど常に三成様の側に家康がいるのはやっぱり気に食わなくて、あーほんと家康なんてどっか行ってくんねぇかなぁなんて思ってたら三成様を裏切って離反しやがった。
それはそれでてめぇふざけんなよ!と思ったが、家康がいなくなってからの三成様といったらこれがもう大変で大変で。
どれだけ特別視しているかわかったつもりだったとは言ったけど、それは俺の想定範囲を余裕で超えていた。
口を開けば家康家康家康家康とそれしか言葉を知らないみたいに呟いたり叫んだり。
行く先々の戦場で立ちはだかる将たちに家康のことを尋ねては自ら打ち切り家康の離反をそいつらのせいにしてみたり自分の知らない家康の記憶を寄越せとか無理難題言ってみたり。
挙げ句の果てに秀吉様と半兵衛様の命令を無視して俺と刑部さんだけを連れて(俺も連れていってもらえたのは嬉しかった)家康を討ちに行って、しかもそのあと家康と二人で行方をくらませちまった!
三成様!駆け落ちするなんて聞いてねぇっす!
刑部さんには探すなって言われたけど、俺は二人が潜む場所を見つけてしまったのよ。
そこはある寺の裏の離れみたいな小さな屋敷で、その縁側に二人はいた。
垣根の隙間からこっそり見た三成様は今までに見たことのない穏やかな顔で、三成様を知らない奴なら普段と何が違うのかって言うだろうけど、ずっと三成様を見てきた俺にはわかる。
あれは幸せを滲ませた顔だ。
こっちが見てるのが恥ずかしいくらいに幸せそうな顔で家康の背中から抱きしめて、家康は家康でこれまた苛つくくらいにあったかい陽だまりみたいな顔しやがって三成様を振り返る。
二人が顔を寄せて、たぶんお互いの名前を囁き合って、く、口吸いして…三成様の家康に回してる手が家康の胸をまさぐり始めたとこで俺はそこを後にした。
あーあ、三成様が幸せならそれでいいんすよ!
俺は別に三成様とそういう関係になりたかったわけでは決してないけど、あいつは、家康は三成様の全部を持ってっちまった。
戦場でも日常でもそして夜をも共に過ごして三成様を独り占めしてる。
なんていうか、そんじょそこらの恋人同士とかそんなんじゃなくて、もっとふかーい、刑部さんが言ってたような複雑に絡み合って離れることのできないふたりでひとつな関係。っていうんすかね?
そんな相手がいるのは羨ましいようで苦しいような、決してあたたかい幸せだけじゃなくて狂気に身を浸す闇を抱えることもあるような。
そんなすべてを乗り越えてそれでも共にありたいと望むなんて。
俺には到底できっこないし。
三成様があいつとのそういう関係を望んで築いて、それでもし幸せでなくとも、それが三成様の唯一の願いなら、俺は地の果てまで三成様を応援しますよ!
だから家康!あんたは二度と三成様から離れるんじゃねぇぞ!
今度そんなことがあったら俺があんたを…っていや、そんなこと言ったらまた三成様に叱られちまう。
三成様は家康のすべてが欲しいんだから。

さってと、俺はこれからどうしますかねぇ。
このまま豊臣にいるもよし、旅にでも出るもよし。
そうだ、あの寺の近くに住んで陰から三成様をお守りするってのもいいかもしれない。
三成様、あんたがくれたこの命は、どこまでも三成様のために!