闇に眠りし夢の間に間に - 3/3

 

微睡の中で。
三成は温もりを感じていた。
あたたかく自分を包む淡い光。
腕に触れるあたたかさが心地よい。
その卑しい古傷に柔らかくあたたかな何かが触れる。
そうしてそれは、自分の額に。
瞼に。頬に。
そして、唇に。
柔らかく触れていった。

ああ、離れるな。
傍に居ろ。
私の傍に…

 

 

秀吉の命により関東を任されることになった家康は江戸に移り、三成は顔を合わせることがなくなった。
三成は己でも気付かないうちに苛立ちを募らせ、戦場へ出ると以前にも増して残虐と言われる行為を繰り返していた。
ただそれは豊臣にとって必要なものであり、秀吉も半兵衛も黙認していた。
だが、三成にとって再び絶望へと落とされる時がきてしまう。
かねてより病を患っていた竹中半兵衛がついに死を迎え、後を追うように豊臣秀吉も病により息を引き取ったのだ。
神を失った三成の慟哭は計り知れず、大坂には昼も夜も奇妙な叫びが響き渡った。
その頃、大谷により三成に会うことを禁じられていた家康は実質秀吉の次に政権を担っていたこともあり、豊臣政権に綻びが出る前に継いでいこうと政に手を加えはじめていた。
秀吉と半兵衛が整えた基盤を踏襲しながらも、自身が求める泰平の世にそぐわない政策を変えていった。
異国への出兵を取りやめ、力で制するのではなく話し合いにより同盟国を増やし、民の地を荒らさないよう努めた。
だが家康の政策は秀吉を唯一の神とする三成にとって裏切り以外のなにものでもなかった。
大坂を離れ、三成から離れた彼を(それを命じたのは秀吉であったのにも関わらず)、もう半年以上も触れることのできなかった彼を、逆賊と称して討ちに出た。
それはいつの間にか日ノ本全土を巻き込み、勢力は西と東に二分されて関ヶ原の地にて決戦を迎えることになった。

「なあ三成。わかってはもらえぬか。ワシは決して秀吉殿を疎んでいるわけではないのだ。ただ、この国に必要なのは力による制圧ではない。明日に希望を持って誰もが笑って暮らせる、そんな世をワシは作りたいんだ。秀吉殿や半兵衛殿がいなくなっても、お前には何があっても側にいてくれる刑部がいるじゃないか。お前を認めて支えたいと集ってくれた西軍の皆、お前を案じる部下たちがいるじゃないか。それはすべて絆といえる。そうだろう?三成」
「何を言っている。私には秀吉様を裏切った貴様と、貴様を殺す私だけがいればいい!」
「三成…」
「日ノ本を導く神であり光であるのは秀吉様ただお一人だ!断じて貴様などではない!貴様のようなそのように陽光のごとくあたたかな光などいらぬのだ!!」

そう叫んで、三成はだが気付いてしまった。
確かに秀吉によって救われ、役割を与えられ、生きる意味を知った。
だが家康と出逢い過ごした日々の中に、三成にとってそれまで知らなかった『あたたかさ』があった。
家康の何を見ても腹立たしく苛つき、閨ではひたすらにただその湧き上がる苛立たしさをぶつけるばかりだったが、それでも。
柔らかなあたたかさに包まれる感覚があったのを、否定できない。
そのあたたかさに知らず癒され、また苛つき、熱を奪って自分から離れないようにしたかった。

―――嗚呼、あれは私のもの。誰にも渡さない。
私のものなのだ!!

目の前に赤が散った。
家康の、金色にも似た琥珀の瞳が見開かれているのが見える。
自らの首に当てた刃を更に引いて、家康の顔に自分の血が飛び散るのを見て満足げに微笑む。

貴様は、私のものだ―――

 

 

「三成…わしは絶望を…、お前を失う絶望を、とうにしっていたよ」

血に濡れた体を腕に抱いて。
家康は天を仰ぐと、涙を落とした。

 

 

なぜ…お前はまた自刃を選ぶのだ。
ワシはただ、お前に生きてほしいだけなのに。
ワシはとっくにお前のものだというのに。
なぜ…この声は届かないのだろう。
さあまたやり直そう。
三成…三成…
願わくば、今度こそお前と共に―――