陽だまりの向こうに

穏やかな日差しを浴びて。
濡れ縁に膝下をぶら下げている家康の膝の上には、三成の頭が乗せられている。
それはふたりのことを上辺しか知らぬ者が見れば、明日は槍が降ると驚くだろうが、ふたりのことをよく知る者、例えば大谷刑部吉継ならばまたかとほくそ笑むだろう。
家康の腹の側に顔を向けて小さく寝息をたてている三成を、家康は愛しげにあたたかな笑みで見つめている。
そっと、包帯に巻かれた手をその銀の上にのせて、壊れ物でも扱うかのように優しく撫でた。
起きている時には触らせてももらえないだろう。
触ろうとしたことはないからわからないが。
石田三成という人物はあまりにも自分に正直で率直で裏表などなく、主君への忠誠以外に生きる意味を持たないのではないかと思えるほどに真っ直ぐで、その生き様を美しいと家康は思っている。
三成は家康に対して決して優しくはなかった。
殴られることもあるし、閨ではなかなかにひどい扱いを受けることもある。
けれど、家康にはそのひとつひとつがとても愛おしかった。
家康には、三成はまるでこの戦国の世の汚い部分を知らない、大切に育てられた幼子のように見える。
この世の非道さ、苦しみ、明日をも生きられるかわからない嘆き、大切な人を失う哀しみ、相手を陥れるための罠、保身のための裏切り、蔑み、恥辱。そんなことを隅々まで知ってしまっている自分とは大違いだ。
このまま拗ねることなく純粋な心根のまま育ってくれよ、などとそう年の変わらない相手に親心のように思って微笑む。
幼子のような三成はあまり言葉を語らない。
先ほどもそうだった。
珍しく特に何もすることのなかった今日、穏やかな日差しが気持ちいいからと濡れ縁で兵法書を読んでいたところ、突然三成がやってきた。
三成は何も言わずに、否、小さく「寝る」と呟いて家康の膝の上に頭を乗せた。
俗に言う膝枕というものを今までにもしたことがないわけではない。
だが今日はあまりにも突然で何の前触れもなくて少し驚いた。
人肌恋しくなったのか、あるいはうたた寝から覚めると近くに母親の姿がなくてそのぬくもりに包まれたいとふらふらと探しにきた幼子のようで。
三成は家康がこの大坂に留まるようになる前にはあまり寝ることも食すこともなかったという。
最低限は当然あったのだろうが、こんな風に穏やかに誰かに体を預けて眠るなど有り得なかったと刑部は言っていた。
少しは自分に心を許してくれているということなのだろうか、と家康はまた優しく銀の髪を撫でた。
身じろいだ三成が、両腕を家康の腰に回して顔を腹に埋めて猫のように額を擦り付けた。
どれだけ安心しているんだ、と家康は嬉しさを滲ませながらも困ったように眉を下げて微笑んだ。
こんな風に誰かと過ごした記憶などない。
この関係をなんと呼んでいいのかはわからないが、戦場では背を預けられ、豊臣の意にそぐわないと思われた時、あるいはもしかしたら心配されているのだろうかという時には殴られ、甘くはない褥を共にし、そしてこんな穏やかで優しい時間をも共有できる。
あえて言ってしまうのならば、三成と過ごせる時間を「しあわせ」と感じてしまっている。
今川家にいた時も織田家にいた時も、彼らは家康に対して厚意を持って接してくれていたし忘れ得ない思い出もある。
それでも三河を背負っていることを意識しなかった日などなかった。
今も豊臣に身を寄せ半分人質と変わらない状態だとしても、ここで出逢った三成は己に対して蔑むことも逆に媚びることもなく、ただひとりの豊臣の一員として、もっと正確に表現するならば「人」として接する。
それが家康にとってどんなに嬉しかったか、三成は知らないし理解もできないだろう。
けれど、それでいいのだ。
三成の幼子のごとき純粋さは、家康の「寂しさ」を癒してくれる。

光の御加護がありますように。
闇属性の彼にそう願うのは可笑しいのかもしれないけれど、それでも願わずにはいられない。
柔らかく微笑んで、そのきらきらと三成の本質のように美しい銀の髪に口づけを落とした。

こんな時がずっと続けばいい…
いや、三成と、こんな風に過ごせることも許される泰平の世を築きたい。

 

それは、叶うことは赦されなかったけれど。