鳥のさえずりと、陽が昇る冷え込みの一番厳しい瞬間に三成は目を覚ました。
そしてほぼ半裸のような状態で三成にもたれかかっている男に眉を顰めた。
確かにおかげで昨夜は温かかった。
だが、空が明るんだ今、こんなことをしている場合ではない。
何か地上に戻る手立てを考えなくては。
自分にくっついている家康をぞんざいに反対側に押し返すと、彼の体はそのまま何の抵抗もなく倒れて地面に頭を打った。
「った…っ、…?」
「起きろ。ここから抜け出すぞ」
「……ん……ああ…そうだったな…」
ぶつけた頭をさすりながら、家康は倒れたまま穴の上の空をおぼろげに見上げた。
三成はその様子を見ながら自らの鎧を整える。
「朝が弱いのか?似合わんな」
「え…?」
声に出したつもりはなかった。
似合わない、など会って数日の自分がわかるわけもない。と三成は自分の言葉を不思議に思った。
「いつまでそんな格好でいるつもりだ。早く支度しろ」
三成によっていささか乱暴に転がされた家康は胸板もない短い羽織だけで、留め具も何もないそれは大きくはだけている。
どこか緩慢な動きで起き上がった家康は身支度を始め、三成はそれを横目で見ていた。
「さてっと」
ようやく整えた家康が立ち上がって両手を腰に当てて空を仰いだ。
三成も上を見上げる。
「昨日はよく見えなかったがなかなか深い穴だな、石田殿」
「何か道具でもないと無理か」
「うーん…そうだなぁ。飛べたらいいのになぁ」
飛べたら苦労しない、と呑気そうな顔をしている家康を睨みつけた三成だったが、次の瞬間何かに反応した家康にどうしたと問うた。
家康は得意そうな笑顔で三成に言った。
「石田殿、ここから抜け出せそうだぞ」
何を見つけたというのだ、と三成が眉を顰めた時、家康は穴の上に向かって大声で叫んだ。
「おーいただかーつ!ワシはここだー!!」
キィィィンと機械音のようなものが近づいてくるのが聞こえ、ようやく三成にも何が来たのかわかった。
穴の上が暗くなり、ガシャァァンと派手な着地音が聞こえる。
穴を覆い隠すように上から覗いてくるのは、あの本多忠勝だった。
「忠勝!よく見つけてくれたな!」
これで問題解決とばかりに張り切っている家康だったが。
「む。この穴の大きさでは忠勝が降りて来られないな。石田殿、どうしようか?」
へらっと笑って三成を伺い見た家康に、その能天気さ加減に三成は血管が切れそうになった。
何故だかわからないが、本多忠勝が現れた時から三成は少し苛立っていた。
「知るか!ああそうだ、貴様のその腰の紐でも投げたらどうだ!」
「ん?ああ、これか?はははっ、石田殿は面白いことを言うな。これをはずすと尻が丸見えになってしまうんだが」
「私が押さえていてやる!早くそれをほどいて投げろ!」
「そうか?では…」
家康が腰の赤い縄をほどき始めると、三成は家康の背後に回り、両手を回して彼の装束を押さえた。
鎧ごしに密着しているのがどこかもどかしく感じたのは気のせいか。
「忠勝!これを受け取ってくれ!」
家康が自分の赤い縄を上に放り投げると、それはぎりぎり忠勝の手に届いた。
「よしっ、忠勝!そのまま引き上げてくれ!石田殿、しっかり掴まっていてくれよ?」
「ああ」
家康は赤い縄を自分の右腕に軽く巻き付け、三成は家康の背中から装束を押さえながら抱きつく形となっていた。
忠勝が少しずつ引っ張り上げている間、二人は当然宙に浮いている。
三成は、この奇妙な状況を不思議な心地を持ちながら、しがみついていると言ってもいい家康の、感触と、目の前のうなじ越しの首筋に、何故か落ち着かない気分を感じていた。
「ああ、助かったよ忠勝」
ようやく穴の底から地上に足をつけ、家康が忠勝をねぎらって彼の腰当たりに手を置く。
三成は、それをまだ家康の背後から見ていた。
「石田殿?無事に地上に戻れたぞ。もう手は離してもらって構わん」
「…」
肩越しにそう声をかけられた三成は、どこか名残惜しそうにその手を離した。
家康から離れ、三成はその温もりが遠ざかったことに少なからず寂しさのようなものを感じ、眉を顰めた。
いったい、なんなのだ。
「さあ、戻ろうか。石田殿」
忠勝と歩き始めた家康の背中に、先ほどと、そして昨夜の温もりの記憶が蘇る。
ただ、触れ合った、というよりは一方的に抱きつかれた、抱きついていた、だけなのに。
それはとてつもなく柔らかな。
安らぎ。穏やかさ。あたたかさ。優しさ。
あれが欲しい。
独占欲。
「徳川」
「ん?」
立ち止まって振り向いた家康の笑みに。
乱される。
「礼を言う」
「?」
「一人ではあそこから出られなかった」
「ああ、いや、ワシの方こそすまなかった。ワシの不注意で落ちたようなものだからな」
家康が恥ずかしそうに後ろ頭をかきながらそう言うのに三成は一瞬首を傾げたが、すぐに思い出した。
そうだ、先に穴に落ちかけたのは家康の方で、自分は咄嗟に手を伸ばしたが支えきれずに一緒に落ちたのだ。
そう、手を伸ばしたのは自分。
「…ああっと…石田殿。ワシのことは家康でいいぞ」
「…私も、三成で良い」
「そうか。ありがとう。よろしくな、三成」
太陽を背にそう笑った男が眩しすぎて、三成は目を細めた。