【おまけ】
家康が初めて喋った言葉は「まー」だった。
三成にもいつも面倒を見ている女中たちにもそれが誰のことなのか何を指しているのかわからなかった。
布団の上できゃっきゃと楽しそうに笑いながら「まー」と発する家康に女中たちは和んでいたが、三成は家康が何を求めているのかわからずに、そしてその求められている何かに恐らく子どもながらに嫉妬していた。
しかしその数分後、家康は布団の上でころんと自ら俯せになり「まー」と発しながら小さな丸い体を両腕で引きずり始めたのだ。
三成はその時部屋の隅で家康のためのおもちゃを選んでいて、その三成の方へと家康は向かっているようだった。
家康が何かの名詞らしきものを発したのも初めてなら「ずりばい」するのも初めてだった。
初めて自ら布団の上から出て自らの意思で進む家康の姿に、三成は驚きと衝撃に動くことができずただ目を大きくして自分に向かってくる家康を見つめていた。
そしてそんなふたりを固唾を飲んで見守る女中たち。
どれだけの時間が経ったか、恐らく数分も経っていないだろうが三成には数時間にも思えた時間。
家康はついに自分だけの力で三成の前にたどりつき、腹を畳床につけたままもみじのような小さな手を伸ばして「まー」と言った。
しっかりと三成を見上げて。
三成はその小さな手に誘われるように自分も手を伸ばし、家康の小さな指を掴んだ。
すると家康は一層甲高い声で「まー」「まー」とはしゃいで掴んだ指をぶんぶんと振ったのだ。
三成はわけがわからずはしゃぐ家康を見つめるだけ。
その時、女中の一人が言った。
「もしかして家康様は三成様のことを『まー』と呼んでいらっしゃるのでは?」
「まあ、私たちがいつも『三成様』と呼ぶからでは!?」
そう、小さな家康にとって三成は『みつなりさま』なのだろう。
三成のことを『三成』と呼ぶのは両親しかおらず、使用人たちは当然『三成様』と呼ぶ。
この部屋に三成の両親が来ることはないから、家康にとって三成は『みつなりさま』と呼ばれている人。”名前”という認識はないだろうが、当然敬称などわかるわけもなく三成は『みつなりさま』なのだ。
その『みつなりさま』の最後の『ま』だけをようやく家康は発音しているのではと、女中たちは感動して一様に頷いた。
しかし、まだ子どもの三成はそれが気に食わなかったらしく、それから自分の名前を一生懸命に何度も繰り返して家康に覚えさせようとしていた。
なにしろ『ま』では三成の名前の一文字も含んでいないのだから。
「み・つ・な・り」と何度もゆっくり教えて、ようやく家康は「みーみー」と三成の名前の一部を呼べるようになった。
当然完全に自分の名前ではないそれで三成が満足できるわけはなく、毎日毎日自分の名前を家康に教え込んだ。
それからようやく「なーいー」「みぅなー」などを経て「みつなり」と発音できるようになったのは、家康がひとりで歩けるくらいに成長しただいぶ先のこと。
これは呼び名にまつわる余談だが、家康が16になる年に雇われた新しい執事長が、4つも年上の兄を「三成」と呼んでいることと家康が養子であることを知ると、「兄上様」と呼ぶべきですと家康に提言し、それを実行してみた時のなんとも言えない三成の表情を家康は忘れられない。
近くにあった納戸に連れ込まれてちょっと大変なことになったのだが、それから家康が悪戯心を出した時やほんの少し甘えたい時、「兄上様」と呼んで三成を困らせる時があるらしい。
これは完全に余談だが、その執事長をその後見かけた者は誰もいないとか。