佐和山にて

家康は、その通い慣れた山道を軽々と登っていた。
通い慣れたといってもそれは400年前のことだ。
当然当時とは道も風景も違う。
すっかりと変わってしまった、佐和山城のあった山を感慨深く見渡しながら登っていく。
ハイキングコースとなっているだけあって急勾配で狭い道が続くが、家康にとっては何の苦もない。
既に陽が沈み始めている刻、誰ともすれ違わずに頂上に着いた。
城跡といっても石垣すらも残っていない、木と草が好き勝手に伸びているだけの山の頂上だ。
頂上にも誰もいない。11月の風は冷たかった。
海のように広い琵琶湖を見下ろして、昔はもっと広かったよなぁ?と首を傾げる。
あの頃、よく三成と共に眺めたものだった。
秀吉様に与えられた初めての城を守りとおす、と家康の背を抱きながら耳元で語られたのを思い出し、軽く身の内に熱が灯る。
しかし、その城を攻め落とさせたのは他ならぬ家康自身だった。

「…三成……」

記憶よりもだいぶ遠くにある琵琶湖を見下ろしていると、ふと肩に温もりがかけられた。

「貴様は莫迦か。11月になぜ肩を晒している」

振り向けば、そこには会いたくてたまらなかった“半身”がいた。
ノースリーブのパーカーを着ていた家康の丸みを帯びた肩に三成の上着がかけられて、そのぬくもりと匂いに家康は笑みを浮かべた。

「東京は暑かったんだよ。11月なのに26度もあったんだぞ」
「昼は暑くとも夜は冷えるだろう。ここを待ち合わせ場所にした私が愚かだった。すぐに降りるぞ」

そう言って家康の手を引こうとした三成を止めたのは家康だった。

「まあ待てよ、せっかくここまで登ってきたんだ。もう少し景色が見たい。おまえは毎週のように来てるんだろうけどわしは400年ぶりだぞ?」
「ふん」

三成は特に逆らうことなく、家康の背に身を寄せて腕を腹にまわした。
背から抱きしめるのが昔から変わらない三成に、家康は小さく笑みを零す。

「予定の方は終わったのか?」
「ああ、問題ない」
「ここを、待ち合わせ場所にしてくれて嬉しかったよ。この場所ということも、おまえが予定終わりにすぐに会えるようにしてくれたことも」

今生、三成と家康は東京の高校で再会したが、大阪の大学で半兵衛が教室を持っていると知った三成は大阪へ進学し、家康は幼少の頃から憧れていた東京の大学へと進学した。
つまり、ふたりは遠距離恋愛中なのだ。
とはいえ、いまや新幹線に乗れば東京と大阪など2時間半もあれば着いてしまう。
豊臣傘下での一時期、家康が江戸を任されていたあの頃に比べれば飛躍的に近い距離だ。忠勝がいた家康でもそう実感する。
けれど、いくらあらゆるものが発達して遠くにいながら声を聞いたり顔を見ることができても、触れ合うことはできない。
このぬくもりと、匂いを感じることはできないのだ。
どうしてもそれを感じたくなり、直前になって連休を利用して大阪に行くと連絡した家康に、三成は昼の予定はキャンセルなどできないと、それでも三成の方もできるだけ早く会いたくてこの場所と時間を指定した。
三成は、毎週ではないが週末に佐和山のハイキングコースを案内するボランティアをしている。
連休の初日、その予定をいれていた三成は日中は案内を希望する客がいるたびに何度か麓と頂上までを往復し、そして最後に日没近くに山を登り、途中で困っている人がいないかを確認して麓にいるリーダーに問題ないことをメールしてその仕事が終わる。
家康に声をかける直前その報告メールを済ませ、晴れてプライベートな時間となったのだった。

「家康…」
「ん?」

名を呼ばれたものの、三成は家康の背から抱きしめ、首筋に顔を埋めたままそれ以上何も言わなかった。
あたたかな三成の体温を感じ、家康はひどく安心する。
腹に回された腕に自らの手を乗せて、小さく小さく、みつなり、と呟いた。
その声が聞こえたのかはわからないが、腕がほどかれて顎を無理矢理に後ろに向かされる。

「ん…っ」

久しぶりの口づけは軽く、触れるだけ、を数度繰り返した。
ああ、三成だ…と唇の感触で三成を改めて体感し、ふわりと心地良く惚けてしまいそうになっていたところを急に乱暴に体を反転させられて正面を向かされた。
目の前には、欲しくてたまらない翡翠の瞳。
それは、既に情に濡れていた。
これはまずいかも、などと若干身を強ばらせたと同時に腰を強く抱かれて深く口づけられた。

「んんっ…!」

性急に舌を絡めとられ、更には尻を撫でられて服の上から窪みに指を這わされては堪らない。
家康とて三成と触れ合いたいには違いないが、なにしろここは外だ。
既に薄暗く、見える範囲には誰もいないが本当にいないとは限らない。
ここに城があった時にはたしかに数えきれないほど身体を重ねた。
だが今は何もない。

「んっ…みつ、な、りっ…!」

家康はなんとか三成を引き剥がして息を乱したまま睨みつけた。

「こんなとこでする気か!いつ誰が来るかわからないのに!」
「私が確認した。誰もいない。それにもう今から登ってくる者などいない」
「そ、そうは言ってもだな…だいたい何でおまえは急にそういうことになるんだっ」
「貴様が悪い」
「なっ」

深い口づけと羞恥のせいで赤くなっている家康の頬を、三成は少し冷えた両手で包み込んだ。
その優しいともいえる仕草に、家康はふいに胸が締めつけられた。
真っ直ぐに、三成の美しい瞳に射られて動けなくなる。

「時も場所も関係ない。貴様が存在さえしていれば、私はいつだってこの手に抱きしめていたい」
「っ…」

そう言って引き寄せられて、今度はゆっくりと唇を重ねられた。
三成の、正直すぎる言葉と瞳は家康の胸を抉る。
三成、みつなり…と口を塞がれているがために発せないただひとつの名を、何度も胸の内で呼んだ。
それが伝わっているかのように、三成の口づけはそのたびに深くなっていく。
そうしてパーカーの裾からひやりとした手を入れられた時、我に返った家康は再び力の限り三成を押し返した。

「っ…家康っ!私を拒むか!」

何度も中断させられた三成は、ただでさえ吊り上がった目を更に凄ませて家康の肩を掴んだ。

「だからっ!ここじゃダメだ、ダメなんだ三成!」
「き、さま…っ、…ならば絶対に誰も来ない場所ならいいんだな」
「え、う、…うん」

そういう問題ではない気がするが、三成の気迫と、それにやはり家康自身も何が何でも拒みたいわけではない。
たび重なる口づけと三成の告白に、家康も熱が籠りそれは身体の変化にも現れている。

「この山は私が熟知している。そこを少し下ったところなら絶対に誰も近寄らない。そこでいいな」
「え…」
「ふん、貴様こそそのように情欲で瞳を潤ませてここは私を欲してひくついているのだろう?」
「なっ…!」

再度尻の間を撫でられて家康は大げさに身体を跳ねさせてしまった。
三成は薄く笑みを浮かべて左手で家康の首の後ろに指をそろりと這わせ、耳元に唇を寄せると、家康…と熱を囁いた。

「…っ!」

それだけで達してしまいそうになるほどに熱を溜め込んでいる家康は眉を寄せてそれを耐え、観念してくたりと三成に身を委ねた。
今生もしっかりと鍛えている家康の体を三成はなんなく支え、すっかりと互いに冷えてしまった手をとった。
その手は、数十分後には互いを抱きしめるあたたかな手となるだろう。
三成に手を引かれ、登ってきたのとは反対側の道なき道を下っていく。
すっかり陽が落ち足元もはっきりと見えないほど暗くなってしまったが、そこは家康にも見覚えがある場所だった。
400年前にも城の中まで待てずに猛った三成が、今と同じように家康の手を引いて連れていった場所だ。

ああ、三成だな。
と、家康は目を弓なりに笑ませて繋がれた手をぎゅっと握り返した。