9月15日

「で?何なんだよこれは、家康」

土曜日の真昼間、家康に呼び出された政宗は、大学生の男女混合グループや女の子二人組、お子さま連れのファミリーなどで賑わっているファミレスの一角に男4人で座っている。
非常に納得がいかないと、あからさまに不機嫌な顔をして。

「おかしいだろよ、このメンツ。アンタら3人だけならともかくオレとこの隣のオッサン、あの時代から見てもほぼ初対面だぜ?」

政宗が親指で指す『オッサン』とは大谷吉継のことである。
つまりは政宗の隣には大谷、大谷の前には三成。三成の隣には家康が座っているのであった。
オッサンなどと言われた大谷は特に気分を害した様子もなく何が起きるのかと面白そうに見守っているだけだったが、家康は申し訳なさそうに政宗に手を合わせた。

「悪い政宗、わしの保護者としておまえに来てもらったんだ」
「あぁん?いつオレがアンタの保護者になったってぇ!?」
「いや、すまん、他に思い浮かばなくてな…」
「本多とかいんだろ」
「忠勝はだめだ。わしのすべてを認めてしまう。わしはおまえに…認めてほしかったんだ…」

困ったように笑った家康に、政宗は怪訝な眼差しを送りながらも内心楽しんでいた。
それを、家康の隣で相も変わらず今回集まることになった目的には合わない不機嫌そうな顔つきでいる三成に矛先を向けた。

「おい石田、『イエヤスサンを嫁にください』とか言ってみろよ」
「何故私が貴様に言わねばならん」
「オレが家康の保護者ってことになったからだろ」
「だいたい貴様は家康の何なのだ!そもそも貴様は誰だ!」

三成の言い分を政宗ははいはいと軽く手を振りながらいなして、家康に目線でこいつどうにかしろと促した。
それを受けた家康が三成の方に体を向けて目を合わせると、三成もじっと家康を見つめ返した。

「三成、政宗はわしの先輩なんだ。何度か会ったことがあるだろう?」
「ふん、知らん。それより貴様は刑部に言うのか?」
「え?何をだ?」
「私をくれと」
「え……」

政宗からの悪戯がこんな風に展開するなど思いもしなかった家康は、三成の思い違いを訂正するより先に固まって頬を真っ赤に染めた。
俯いてしまった家康に、三成は眉を顰め、政宗は片眉を上げ、大谷は楽しそうに引きつり笑いをした。

「ヒヒッ、三成よ。そのセリフは夫が妻の父親に言うのが常よ」
「そうなのか」

三成は大谷の説明を素直に受け入れて、誰なのかはっきりとわかっていない政宗にそれは真剣な眼差しを向けた。

「おい、家康は私のものだ。証人欄に判を押せ」
「ハンっ、そんなんじゃ家康はやれねぇなぁ」
「貴様ぁっ!」
「政宗、ややこしくなるからとりあえず頼むよ」
「家康!なぜこんな奴に懇願する!」
「え?」
「私があれほどベッドで強要しても言わない貴様が!」
「ちょ、三成っ」

周りの人たちに聞こえてしまう、と家康は慌てて三成の口を手で塞いだ。
その手を乱暴に振り払った三成は、家康の腰に手を回して強く引き寄せた。口で言って通じないのなら態度で示そうというわけか。
そうすると自然と家康の顔が三成の肩に乗り、困ったように笑うだけの家康を見て政宗は盛大にため息をついてみせた。

「何が不満か知らないが家康は私のものだ。早に判を押して早々に去れ」

政宗は横柄な三成を無視して家康に視線を向けた。この状況を楽しんではいるが、その隻眼の奥は真剣だった。
なんだかんだといって、あの最終決戦で同盟を結んだ仲だ。特別、というのとは違うがそれなりに家康に対して思うところはある。

「家康、本当にいいんだな?こいつに泣かされたって逃げてくるなよ?」
「ふふ、そんなことにはならないさ。大丈夫だ。あの時とは違う。もう決めたんだ。今度こそ三成と、共に生きると」

穏やかに希望に満ちた笑顔に、政宗は「ハンっ、ならしょうがねぇな」と目の前にある届出用紙の「証人」欄に署名をして他の記入欄も埋め、判を押した。
そしてその用紙を隣の大谷の前に滑らせる。

「アンタこそ異論ないのかよ。『大事な親友』?ってやつを家康にとられるぜ?」
「ぬしは可笑しなことを言う。こやつらが婚姻したところでわれと三成…それにそこの憎き太陽の間に何の変化もあるはずがなかろ。そうであろ?三成」
「当然だ。私たちは何も変わりようがない」
「ふうん?なら早く署名してやったらどうだ」

大谷は政宗の言葉が終わる前にペンを取り出し書き始めていた。
3人の視線を浴びながら大谷は達筆で書き上げ、判を押した。
それを見守っていた家康が小さく安堵の息を漏らしたのを、気づいたのは誰だったか。

「政宗、刑部、ありがとう。これで来週役所に提出できるよ。せっかく証人になってくれた二人に恥じないよう、三成と、ん?どうし、た?三成っ…っ」

家康が二人に礼を述べている間、三成は何かを耐えるように俯いていて、非常にらしくないが、家康の腰に回している手をそろりと撫でて小さな悲鳴をあげさせた。

「…早く帰るぞ。さもなくば今すぐここで貴様を抱く」
「はあっ!?何言ってるんだ三成!」

さすがに家康も三成の時と場所を選ばない発言に、その手から逃れようと身を引こうとしたが狭いファミレスのソファの上ではほとんど意味がなく、逆に三成にもっと引き寄せられてしまった。

「うるさい。用は済んだのだろう。早くしろ」
「ヒヒッ、三成よ。そんなに徳川と一緒になれたのが嬉しいのなら存分にそれを教え込んでやるがよい。明日のことなど考えずに、な」
「そのつもりだ」
「刑部っ、無闇に三成に変なことを吹き込むのはやめてくれっ」
「何を言う。ぬしもそれを求めているのであろう?」

そんなわけっ…と真っ赤になりながら言葉を詰まらせた家康を、三成は腰を抱きながらソファから立ち上がって二人が記入した婚姻届と伝票を手に取った。
その届出用紙を見つめながら、かすかに微笑む。

「これで家康は私のものだと誰にでも認めさせられるのだな」
「そういうことよな。ヒッヒ」

三成と大谷の会話に政宗は闇属性を感じながらも、三成に連れられるままにここから立ち去ろうとしている家康に声をかけた。

「ああ、家康」
「うん?」

無防備に振り返った家康に、政宗は笑みをみせてやる。

「幸せになれよ」
「っ…」

一瞬息を詰めた家康の切ない表情も見逃さない。

「あんな笑い方して死ぬのを見るのはもうゴメンだからな」

政宗は知っている。関ヶ原の戦いの後、徳川幕府を樹立させた家康は数年後、病に伏せ、その最期を看取ったのだから。
ワシはしあわせだった、と笑いながら、最後の最後に誰の名前を小さく呼んで逝ったかを。

「それと石田。こいつを泣かせたらこの竜が黙っちゃいねえって肝に命じときな」
「ふん。貴様に言われるまでもない」

三成の鋭い視線を残して、三成と家康は連れ立って店を出て行った。
残された二人は意外と気まずいというわけでもない。
フリードリンクのティーを飲み干した政宗は、隣の大谷を見ずに彼らが出て行った出入り口の方に視線を投げながら独り言のように言った。

「あいつら、ホントに大丈夫なんだろうな?オレよりアンタの方が長く見てきたんだろ」

大谷もまた、政宗の方を見向きもせずに零した。

「そうよな。あれらは離れては生きれぬものよ。三成を討ったあとの徳川をぬしは見ていたのであろ?あの間抜け面に騙されずに。もしもあの時の結果が逆だったとしても、三成は正気ではいられなかったであろう。まことに、忌々しいものよ。あれらは引き離してはならぬのだ。これでわれも今生はゆるりと生きていけそうだ。ヒヒッ」

家康には辛辣な言葉を投げる大谷だが、それなりに理解はしているし単純に好き嫌いの嫌いというわけではなさそうだ。

「ま、あいつに何かあったらアンタも同罪ってことで」

そうして政宗も店を去り、大谷だけが残される。
手元のグラスの水を飲み干してから大谷もまた店を出た。
空を見あげれば、燦々と太陽が輝いている。
その眩しさに眉を顰めて、忌々しいものよ…と呟いた。
南西に目を凝らせば、上弦の月がうっすらと見えている。
夜に太陽を見ることは絶対に叶わないが、月は昼さえも現れてそれを誇示しようというのか。

「もう、不幸の星が降ることはないのであろうな。ああ残念ザンネン」

その言葉とは裏腹に笑みさえ浮かべながら大谷は、メデタキな、と零してその場をあとにした。