桜の檻

私は今、動物園にいる。
幼馴染である家康に連れてこられたのだ。
私と家康はいわゆる幼馴染…いや、腐れ縁というやつで、何の因果か、小学校から高校まで同じ学校に通い、そして本当に偶然に大学まで同じになった。
二人とも実家を離れそれぞれに一人暮らしを始め、入学式を前に天気の良すぎる今日、突然家に現れた家康に、近くに動物園があるから行こうと半ば無理矢理に連れてこられた。
いい年になって何故男二人で動物園など来なくてはいけないのだ。
見ろ、周りには家族連れか若い男女しかいないではないか!

「なぁ三成、かわいいなぁ?」

にこにこと煩わしいほどの笑顔でなんとかザルを見ている家康がそう言うが、私には動物のかわいさなど理解できない。

「お、三成!あっちにはペンギンもいるぞ!」

家康に手を引かれて早足でペンギンとやらの方へ向かう。
こいつは昔からそうだった。
私の好き嫌いなど構いなしに強引に手を引いてどこへでも連れまわす。
最も、私が「好き」と思えるものなど、食べ物でも場所でも洋服でも家具でも、何ひとつなかったが。

「ああ、このあたりはみんな寝てしまっているなぁ。…あ」

夜行性の動物が多い辺りになったのか、ちらと見える範囲ではほとんどの動物が寝ていて残念そうに呟いた家康だったが、どういうわけか家康が近づいた檻の中の動物が目を覚ましてこちらへ寄ってきた。
それはひとつではなく、家康が次の檻に行くと、そこで寝ていた動物が起きてくるのだ。
貴様は動物界の主か!

「うーん、なんだかわしが起こして歩いているような気になってしまうんだが、そんなわけないよなぁ?」

眉を下げて後ろ頭をかきながら、ははは、と笑う家康に、私は目線だけを投げて何も答えなかった。
家康の周りにはいつも人がいる。
それが動物にまでなるとは。
私は何故だか無性に苛々が募った。
隣で、虎はやっぱりカッコいいなぁ触ってみたいなぁなどとほざいている家康の腑抜けた横顔を見て、苛々は何か落ち着かないものへと変わっていった。
それはなんと言えばいいのか、今が初めてではない、今までにも何度も感じたことのある、だがそれは家康にしか感じたことのない不思議な感覚。
とにかく家康に対して落ち着かない感覚になるのだ。
それが何なのか、私は幼き頃からずっとわからずにいる。
ふと、隣にいたはずの家康がいないことに気付いた私は、焦りと不安にかられて辺りを見回した。
どこへ、私をおいて…

「三成!あっちへ行こう!」

家康は、桜吹雪の中にいた。
通りの両側に植えられた桜並木の、満開に咲き誇る桜が風に包まれ舞い散っている。
雪のように降るそれは、陽のような明るさを持つ家康には似合わなかった。
いつもの笑顔で私を見ている家康には、似合わない。
それなのに、それはどこか胸に痛みをおぼえた。
笑顔の向こうに見えるなにか。
風が一瞬強くなり、花吹雪が家康を包み込む。
それはまるで、この世ではないどこかへ連れていってしまうのではというほどの。
駄目だ!それは私のものだ!

「みつ、なり…?」

私は、腕の中に家康を閉じ込めた。
檻があれば、閉じ込めてどこにも行かせないのに。
誰にも見せずに私だけにその笑顔を、その声を向けさせるのに。

ああ、何だ、私にもあるではないか。
「好き」と思えるものがただひとつ。