藤と本音

新緑が輝かしい季節。

400年の昔、戦乱の世に対立するしかなかった三成と家康の二人は、今生は現代において高校生となった時に再会し一波乱あったものの、高校を卒業した今は互いに親元からの自立の意もあり二人で安アパートを借りて暮らしていた。
そんな二人が今訪れているのは藤棚が美しい庭園だった。
家康がどうしても見たいと言うから行くことになったのだが、三成も表には出さなくても家康と共にあれるのならどこに行くのも何をするのも異論などあるわけがなく、むしろそうすることができることが今の三成にとって何よりも大切で自分を穏やかにさせてくれるものだった。
今生の三成は生まれた頃から孤児院で育ったが、小学校にあがる前に秀吉と半兵衛に見つけられ引き取られた。
幼少の頃から徐々にうっすらとあの戦乱の時代を夢に見るようになり、秀吉と半兵衛に出会うことで完全に記憶を取り戻した。
あれほど憎悪していた家康とは出会っていなかったことと、何よりも秀吉と半兵衛の元で再び過ごせることに至福を感じていたが、やはり家康と再会した時には考えるよりも先に体が動いてしまった。
あの時の、家康の瞳を忘れはしない。
400年前、自分を討った家康がすべてを、三成のすべてを受け入れる哀しくも歓びを秘めた琥珀の瞳。
だが、三成は今こうして家康と共にある。
執着の果てに辿りついたのは、ただ隣に、共に生きたいと。
願っている心だった。
三成は、ふいに隣を歩く家康を見つめた。
優しい眼差しで口元に笑みを浮かべて藤棚を眺めている家康に、かつての姿を重ねた。
秀吉の元で共にあった頃、花や情景に興味のない三成の前で家康はよく、あれは美しいものだな、あれは素晴らしい景色だな、などと心を寄せていた。
自分の隣で、それらを守りたいと陽光の瞳を遠くに向けていたのを、三成はどこか苛立つ思いでいたのだった。

「ここの藤はやはり美しいな、三成。…ん?どうした?」

自分が見つめているのにも気づかなかった家康に苛立ちを覚えた三成は、家康の言葉を無視してすたすたと先に歩いた。

「おい、三成!」

追いかけてくる家康を背後に感じていた三成だが、すれ違った女性たちの会話がふと耳についた。

「ここの藤は樹齢400年なんだって」
「へーそうなんだ」

400年…三成はふと、この庭園の入り口にあった案内板を思い出した。
家康が素通りしたためにじっくりとは見なかったが、園内の案内図と成り立ちを記した看板に”徳川”の文字が見えた気がする。
眉をしかめ、歩みを止めた。

「三成っ、どうしたんだ。急に先に行ったり立ち止まったり」

ああ、本当にこの男は自分に平穏を与えるとともに苛立ちも与える。

「家康、貴様ここに”来たこと”があるのか?」

三成の問いに家康はわずかに目を見開いて確実に反応を返した。
一瞬の、泣きそうに歪んだ瞳の色も見逃さなかった。
だが家康が返した言葉は、

「…ああ…そうだな」

ただそれだけだった。
いわゆる”江戸”に近いこの庭園に、三成は来たことはない。
共にいた頃に東に庭園を造ったことなど聞いたこともないし、それより以前にも造る機会はなかっただろう。
自分から離れていった後、決戦までの間にもそんなことをしている場合ではなかったはず。
だとしたら。

この男がやりそうなことだ。
自分を屠っておきながら。

三成は、家康の手を乱暴に掴むと庭園の奥地、人気のない場所へと引っ張っていった。

「み、三成っ、どこへ行くんだっ」

恐らく痕が残るだろうほどに強く手首を掴んでいた三成は、人気もなくなり詰めても邪魔をされることはないと思われるあたりで手頃な木の幹に家康を押し付けた。

「っ…」

強かに背を打っただろう家康がそれでも何も言わずに少しだけ背の高い三成を上目遣いに見上げてくる。
琥珀の瞳の揺らぎに、三成は小さく舌打ちをした。
家康は目を合わせていられなくなったのかわずかに視線をそらしたが、三成は容赦ない鋭い視線を家康に向けた。

「この庭園は貴様が造ったのか」
「…ああ」
「藤の花は貴様が植えたのか」
「…そうだ」
「ならば。私に何か言うことはないか」
「……」

家康は隠し事はするが嘘は言わない。
それでも今生は共に生きると誓い合った時、三成は家康に隠し事はするなと言い、家康もそれを了承した。
だから、今の家康は想いを隠すこともできず打ち明けるしかない。

逸らされていた琥珀の瞳が、光とかすかな切なさを湛えて三成を真っ直ぐに見つめてくる。
三成の鼓動がどくんと跳ねた。

「なあ三成…。おまえは生まれた日などどうでもいいと言うが…」

三成にとってまるで予想外の話を始めた家康に、あからさまに眉をひそめて見せる。
たしかに、三成は戦乱の時代には一土豪に過ぎない家に生まれたため正確な生まれた日の記録はないし、今生も生まれてすぐに孤児院生活となったために今度も正確な日時はわからない。
だがそれを苦に思ったことも寂しいと思ったことも一度もなかった。
それなのに。
家康は、太陽の笑みを浮かべあたたかく包みこむ声で言った。

「今日というのはどうだ?おまえとわしが出会った日だ」

三成の脳裏に瞬時に甦るのは、今生家康と出会った日。
裕福な徳川家に生まれた家康は何不自由なく育ったというが、高校入学時に流行り病にかかってしまいひと月近く遅れて初登校することになった。
その病で高熱にうなされるなか記憶を取り戻したという。
家康が初登校したその日、先に校門をくぐっていた三成の耳に、大勢の生徒の雑音の中に家康の呟くほどの小さな声がはっきりと聞こえたのだ。
三成の名を落としたその声に弾かれたように振り返った三成が家康の存在を認め、勝手に動いた体は次の瞬間には家康を地面に押し倒していた。
馬乗りになりまさに凶王の名に相応しい凄まじさの殺気で拳を振り上げた三成に、家康は静かに微笑んだ。

「好きにしてくれ。わしは、おまえに殺されるために出会ったのだろう」

そうして三成は家康を殴った。
その一発で脳震とうを起こしたのではないかというほどにかくんと垂れた横顔に、三成は再び拳を振り上げた。
登校中の突然の出来事に周りには人だかりができていたが、三成の殺気に気圧されてか止めようとする者はいなかった。
三成にも家康にもそんな周りなどは見えていなかったが、二度目の拳が振り下ろされることはなかった。
立ち上がった三成は何事もなかったかのように校舎に入っていき、誰かが呼んだらしい教師が外へ出てきたが、何でもないですと頬にひどい痣を残しながら朗らかに笑う家康に追及する者はいなかった。

それから紆余曲折を経て。

そうか、あれから三年が経ったのか。
突然何故家康が誕生の日なることを言い出したのかはわからない。
それに、三成が問いたかったのはそんなことではなく。

家康は、強い意思を含みながらも柔らかな笑みで三成を見つめている。
いつもそうだ。
そうだった。
それは三成を苛立たせ、心にまとわりついて離れず、そしてそれが嫌ではなかった。

家康のふっくらとした頬に手をのせると、大きな瞳が更に大きくなって三成を見つめ返したが、微笑みを深くすると静かにその瞳が閉じられた。
柔らかな唇にことさらゆっくりと自分のそれを重ね、存在を確かめるように何度か口付けた。
一度触れればそれは更なる欲を生む。
頬にのせていた手を首筋から鎖骨へと滑らせて更に口内を貪ろうとすれば、それはやんわりと家康の手によって押し返された。
私を拒むのか、そう詰め寄る前に家康のあたたかな両手で頬を挟まれた。
柔らかくも眩しい琥珀の瞳が三成を包み込む。

「おまえがこうして生を受けたこと、出会えたこと…すべてを祝いたいんだ。本当は記念日なんか関係なく毎日感謝している。それでも、一年に一度、今日は特別な日だなって、おまえと幸せを分かち合いたい。おまえの存在を祝って、ああそうだ、今の世はケーキに年の数だけろうそくをたてるらしいぞ?ケーキが崩れるくらいたくさんのろうそくをたてられるようおまえと過ごしたい。なあ三成、わしは本当は―――」

家康が紡ぐ言葉は三成の胸に心地よく響いて、だが聞きたかった言葉はやはり今の家康には言わせてはいけない気がして唇を塞いだ。
今の自分たちには未来だけあればいい。
過去は過ぎ去りしもの。
憎悪と宿怨に苦しんだ日々をなかったことにしてはいけない、するつもりもないが、たしかにそれだけではなかったあの瞬間(とき)を大切なかけがえのない記憶として、今はこの男が紡いできた新たな時を、生を、二人で生きたい。
どうしようもなく惹かれあう魂が、互いを求めてやまない限り。

それは、未来永劫、綴られるものだとふたりは知っていた。