【注意!!】 ふたりには子どもがいます。
ここは奥州か、さらに北の地か。
本格的に冬になる前に、三成は畑から収穫してきた葱や人参を抱えて戻ってきた。
村の集落から少しはずれた森の中、粗末ではあるがこの雪国でも冬を越すには困らない程度の家屋。
その玄関をくぐれば、ぱちっと爆ぜる囲炉裏の暖気に迎えられる。
そしてその冬の寒さをしのぐ唯一の暖から少し離れた薄布の上に、愛しき伴侶と、その隣には守られるように抱かれた小さな命が静かに眠っている。
あやし疲れて一緒に眠ってしまったのだろう。
先ほどの言葉は一つ、訂正しておこう。
冬の寒さをしのぐのは唯一の暖である囲炉裏ではなく、このふたつの存在であると。
三成は、自分の羽織を囲炉裏であたためてからふたりにかけ、穏やかな寝顔を見つめながら囲炉裏に薪をくべた。
西国に出向いた家康を襲ったあの事件の後、毒に侵された家康の体は朽ちて失くなってしまうものかと思っていた。
そのことを悟ったふたりは、何もかもを捨てて江戸を出ると、一度関ヶ原の地に降り立った。
それから終焉の地を求めて北上したのだが、朽ちてしまうかと思われた家康の体は存外と保たれ、それどころか回復してきたのである。
しかし、崩れた肉が再生してきたかと思うと、今度は逆に腹が膨れてきたのだ。それでもどんな病だろうと、とうに覚悟はできている。
ふたりは医者に診せることもせずに、休み休み転々としながら北上した。
そうするうちに、家康が自らの腹に宿る命の鼓動に気づいた。不可思議すぎて意味がわからなかったが、そもそも回復したことじたいが不可思議である。
そうして人知れず赤子を出産し、小さな命を抱えてたどり着いたのは最果ての地。
男ふたりで赤子を抱えて現れたのだから、その村では怪しまれただろうが、村人たちは意外にも三成と家康に優しかった。
何か大変な事情があるのだろうと、もしかしたらどこかのお殿様の庶子でも匿っているのではないかと噂されていることは三成も家康も知っている。
まさか、どこかのお殿様どころか元将軍自らが生んだ子だとは誰も夢にも思うまい。
江戸でも将軍の顔を知る者などほとんどいないのだから、このような江戸から遠く離れた僻地では当然誰も知るわけがない。
それでもさすがに名は知れ渡っているかもしれず、ふたりは村人の前では仮名を名乗っていた。
三成は土間で野菜を切り、鍋に入れて囲炉裏にかけた。
ぐつぐつと木の蓋を浮かせて野菜の煮込まれた匂いが漂ってきた頃。
三成はおもむろに家康に目を向けた。
「ん……いい匂いだな、三成……」
まだ眠そうに目をしばたたかせながら、家康は柔らかな笑みを浮かべた。
家康は大食漢ではないが、食べ物にはうるさい。うまいまずいと味にこだわるのではなく、目ざといと言えばいいのか、匂いに釣られてこうして目を覚ますのだ。
「ああ、もうそろそろだろう。起きれるか」
「うん。あ……これ、ありがとうな」
体を起こした家康は、肩から落ちた羽織を手に取って微笑み、それをなぜか大切そうに胸に抱えた。
「……おまえに抱かれているようだった」
「ん?」
呟かれた小さな言葉は三成にははっきりと意味がわからなかった。それでも、家康が満足そうに微笑むから。三成はそれを追求しなかった。
「何でもない。さて、椀を持ってこねばな」
「ここにある」
手元にある椀を持ち上げて見せた三成に、腰を上げて立ち上がりかけていた家康は、さすが三成だなと陽の笑みをみせた。
小さな命を間に、ふたりはひとつの布団に入った。
潰さないように気をつけながら、けれどその少しの距離がもどかしく、ふたりは足だけは絡めている。
三成の顔立ちによく似た赤子は、何の不安もなくすやすやとよく眠っている。
三成は、この小さきものを見ていると得体の知れない気持ちになる。
それはどうにも表現しがたかったのだが、家康はそれを〝愛しい〟というのだと言った。
「ならば、私は貴様を愛しいと言おう」
「えっ……?」
夜の闇の中でもわかるほど、家康は頬を赤く染めた。
そして家康もまた、同じ言葉と、その言葉が似合うあたたかな笑みを三成に返した。
「ああ、うん。わしもおまえが愛しいよ」
それは三成の胸の奥を満たし、家康という存在が魂に染みわたる。
家康に対する気持ちはとても一言では言い表せないが、この愛しいという想いもそのうちのひとつなのだろう。
赤子を見ている時と同じようで同じではない胸に感じるあたたかさは、家康にだけ与え、与えられるものだ。
それもきっと、家康は愛しいという言葉で語るのだろう。
家康は三成から赤子へと視線を移し、頬を優しく撫でながら、慈母のごとく柔らかに微笑んだ。
「この子が健やかに生きられる時代が長く続くといい……」
そうあればいいと、三成も今は思う。
けれど、家康はふいに泣きそうにもみえる笑みに変えて言った。
「などと、放り投げてきたわしが言うのもおこがましいな」
家康は国を、民を愛していた。
それを、見ようによっては自分の過失で手放さなくてはいけなくなったのだ。
江戸を抜ける前、心配はないと言っていたが、やはり無念であろう。
「江戸に戻りたいか」
三成の問いに家康は本当に驚いたらしく、丸い目をいっぱいに大きくした。
そして何が可笑しいのか、くしゃりと笑った。
「そんなことをしたらわしは独眼竜に殺されてしまう」
笑顔の理由がわからないうえに男の名が気に入らず、三成は眉を釣り上げる。
「褥で他の男の名など出すな」
「ん。すまんすまん」
軽い笑顔で躱す家康が本当にすまないと思っているのかは怪しいが、間には赤子もいるため三成は今はそれ以上は追わなかった。
そしてまた家康の表情は変わり、今度は困ったような笑顔を浮かべる。
「そういうおまえこそ、今の生活でいいのか? 畑仕事や村の手伝いではおまえのやりたいことではないだろう?」
三成にとってはそれこそ愚問だった。
翡翠は濃い琥珀を射る。
「何度も言わせるな。私は貴様がいればそれでいい」
「ふふっ」
家康は今度こそ曇りなく笑う。
三成は、それを愛しいと思った。
ふたりの間の小さな命を潰さないように気をつけながら、家康の後ろ首を引き寄せて、どこまでも甘い口づけを交わした。