おでかけ日記 大関ヶ原祭2024

大関ヶ原祭2024行ってきました!(ドヤ顔)

まずは名古屋で待ち合わせをして(?)。(家康の後ろに映っている名古屋まつりもいつか行ってみたいです)

    

朝ごはんはパフェ。
たぬき親父の名前ももはやかわいく思えます。
今回はおおかみさんとご一緒しましたのでパフェ二つです!

 

折り紙は私には難しくて会場では完成せずホテルで頑張りました(´_`。)

それからきつたぬクイズラリーしたり、記念館のクイズしたり。家康公ステッカーと消しゴムはそれで当たった景品です。家康を引く運がある…?

展示は入口のここは写真OK。なにかを主張したいらしいふたり…

 

ここから先、関ヶ原なのにみついえ要素はほとんどないです…

鉄砲隊演武を初めて見たのですが、本物の火縄銃は音も迫力も凄まじかったです。
大筒なんて打ったあとに打ち手さんが半歩〜一歩分くらい反動でずずっと後ろに下がってました。

関ヶ原合戦当日に合わせた、開戦のきっかけや問い鉄砲、島津の捨て奸などということで演武されていました。
解説のようなものを加えながらでしたが、鉄砲はその後徳川家康によって発展することはなかったみたいなことを言っていたような…ちゃんと覚えてないんですが家康様が制限…制御?したからとかの話だったのかな?

ただ、これは人を殺すための道具なんだな、こんな音とかが戦場には響きわたっていたんだなと思うと涙が止まらず…
火縄銃の発砲とかテレビや動画で見たことある方もいらっしゃると思いますが、こういうのってやはり体験してみないとわからない威力だと思います。
地震や洪水などの被災地もそうだと思います。テレビで見てるだけではどこか遠い地でのできごと。でも実際に現地に行くととてもその破壊力に驚き悲しみにとらわれます。

 

合戦絵巻も見ましたよ!写真は終わって退場されるとこです。

今年のタイトルは「迦陵頻伽の夜に」。
大谷さんを主役に湯浅五助と藤堂高刑の話ということですが、湯浅五助が主人公な感じでした。
西軍が石田三成、大谷吉継、宇喜多秀家隊。あと左近とか。東軍が徳川家康、福島正則、黒田長政、藤堂高虎隊。あれ?3隊ずつだと思ってたのに東軍の方が多かったかな…?
忠勝や井伊直政もいたと思います。あまり甲冑や兜に詳しくないので誰が誰だか…
一時間ドラマとして見ていましたが、何回も「誰もが笑って暮らせる世界」ってたしか大谷さんとかが言うんですよね。それ政宗様のセリフ!って気になってしょうがなかったです^^
あとクライマックスに三成と大谷さんの会話だったかな、「争いのない世界を作りたい。でも誰も見たことがないからどうすればいいかわからない」みたいなセリフがあって、でもそれをやり遂げたのが家康様です…と私は独りごちていたのですが…(EDで解消されました)
最後に曲にのせながら両軍の将の紹介。あとから知ったのですが澤野さんの「ninelie」という曲でした!
家康様について「天下泰平とは皆が腹いっぱい食べれる世であると、誰も見たことのない世を独りめざす」みたいな言い方されていたと思います。
あっ、誰も見たことないってここで言ってくれた、しかも独りでとか、泣いちゃいました(ここで?澤野さんの曲のおかげもあると思う)
腹いっぱい食べれる、っていうのはどこかで聞いたことがある気はするけどどこだろう?
あまり逸話エピソードの類は読んだりしていないのでそういう系なのか、このドラマオリジナルなのか、それともどこかの創作の徳川家康さんが言ってたのかな…?え、BSRでは言ってないですよね?言ってたら切腹してきます…
ここは自分メモ。個人的に最近気になっている福島正則について、「福島正則は豊臣を裏切ったのではない」という言い方をされていたけど、そりゃそうでしょと思うけどどこかではそう言われているんでしょうか。むしろ豊臣のためにもしくはねね様のために徳川方についたのだと思っているのですが…

 

最後は5年ぶりに復活したという餅まき。
ふたりでふたつとれたので、仲良く半分こずつ(?)して食べます(╹◡╹๑)
でも家康のお胸のように柔らかかったお餅も翌日には固くなってしまいました…ちゃんとチンして食べました!

笹尾山にサル注意の看板があったんですが、前からありました?
見つけられなかったけどサルの鳴き声がしていました!三成を心配して来てくれたんでしょうか…え、誰が?

大垣城も行ってきました!
決戦前夜というお祭りがあるからか城内は大一大万大吉だらけ!普段はないのかな?あるのかな?

というわけで、今度関ヶ原祭に行く際は、合戦絵巻を見るためにレジャーシートと100円ショップとかにある尻に敷くやつ…を持っていこうと思いました!

 

ここからは史実に関して様々な場所で出会う「説明」に関する愚痴なので少し薄くしておきます…


城や資料館などの展示物に合わせて、戦いの経緯などが書かれていますよね。
わりと淡々と何があって何があったからこうなったみたいな「起きたこと」が書かれているように思いますが、なぜか関ヶ原の合戦のことになるとドラマ的になっている気がします。
どこに行っても基本的には「豊臣に義を尽くす石田三成」と「虎視眈々と政権を簒奪しようとする徳川家康」っていう前提で語られるんですよね。
たしかにただ出来事だけ並べられるよりドラマ的に語られた方が頭には入りやすい。
でもたとえば家康公が「簒奪」しようとしていたかどうかは昭和以降?の創作物などからのイメージや書き手側の憶測ではないでしょうか。だったらいっそこれはフィクションですとか、個人的主観でわかりやすく説明していますとか書いてほしい。
歴史的な資料館とかに書かれていると出典は何なのかもわからないままそれが真実だと思ってしまうじゃないですか。


例がよくないかもしれないけど、たとえば島津の退き口について、「島津は捨て奸という戦法で戦場を離脱した。捨て奸とは後方の何人かが残り銃や槍で敵を食い止め、その隊が全滅してしまうとまた何人かが残り戦い、その間に主君を逃がすことである」と書かれていたらそれをどう思うかは個人次第なのに、「捨て奸という戦法を用いて家臣たちを犠牲に泣く泣く脱出した」と「家臣たちを捨て駒として逃げ延びた」ではだいぶイメージ違いますよね。うーんやっぱりこの例はよくないな…


たぶん、見かける城や資料館が西にあるからなのかなと思っています。
これは決して難癖つけるわけではないですが、はじめに秀吉の遺言を破ったのは家康に権力が集中していることを恐れた奉行衆側であったかと、いろいろ読んでいると思います。家康(と前田利家)に任せたのは秀吉なのに。
とはいえ、家康に何かしらの思惑はないのかと言われればないわけはないし、秀吉に義を尽くそうと思っていたわけではないとは思うけど。それでも家康はある程度秀吉の遺言は守っています。
家康方が勝利したという結果からすべてをあれもこれも「天下を奪う」ための家康の策略手引き謀略だったといわゆる狡猾な狸親父っていうキャラ作り(もはやキャラ作りと思っています!)は、どうだかなぁ…っていうか悲しくなるだけという話です…


という意味では、今回の大関ヶ原祭の合戦絵巻の最後の家康様の紹介?は良かったなぁって思います。大谷さんや三成公の願い?を継いでくれた感じがして。
ドラマだけど。そう、ドラマでも狡猾な狸親父像脱却してくれるといいなと思います!去年の大河は私が思っている徳川家康像とかけ離れていなくてとてもいい感じに描かれていて良かったです。
とはいえ、その狸親父という異名のおかげでかわいいたぬきにもなれるわけですが^^


ところで私は戦国BASARAの徳川家康が好きです!
何かちゃんと言っておかないとと思いまして。
「推し」は戦国BASARAの徳川家康、史実徳川家康公のファン(…)もしていますまるともでした。